第47話 仲間と共に
文字数 4,556文字
シン達が話し合いをした後の夜
真っ暗な空に浮かぶ月の光だけで照らされた
執務室の中でアクアールはじっと月を眺め
傍にいるトルマリンは少し俯きながら
アクアールに問い掛ける
「…陛下」
「なんでしょう、トルマリンさん」
「本当に、これでよろしかったのですか?」
「何がです?」
「今日…彼らが森で会っていた人物は…おそらく…」
「サファイアお姉様は、もうこの世にはおりません」
「!」
トルマリンと目を合わせない分
アクアールの毅然とした口調が、緊張と切なさを増していた
「あの日、
「陛下」
「そんな私に、あの方と会う権利があるとでも?」
「…」
会いたくても会えない悲哀と
どうすることも出来ないもどかしさが
強く滲む笑みを浮かべるアクアールに
トルマリンの胸がツンと傷んだ
「…申し訳ありません、また、出過ぎたことを」
「いいえ。あなたの言葉は…いつも私の為を思って仰ってることはちゃんと理解しています。感謝します、トルマリンさん」
「陛下…」
「ですが、今の私は女王…この
女王となった日から
アクアールは必死に前を見続けてきた
永遠に戻ることの無い…大好きな姉妹達との記憶を
振り払うように
ーーー
___翌朝
アクアールに別れの挨拶と感謝の言葉を伝えるため
シン達は執務室を訪れていた
「女王様、短い間でしたが色々とお世話になりました」
「いいえ…こちらこそ至らぬ所があったにも関わらず、街や民のために戦ってくださり、感謝しますわ」
アクアールがそう言って微笑むと
それに対してシン達はありがたい気持ちと
申し訳ない気持ちで半々となる
「それで、次の行き先は決めましたの?」
「はい…俺達は、マリアを目指したいと思います」
「マリアに、ですか」
その言葉を告げた瞬間
アクアールの顔色から不安がぶわっと広がる
「あの都市は…非常に厳格な者達が集う場所です。何か対策はあるのですか?」
「遠回りなやり方となってしまいますが、必ず」
「そう…だとしても、どうか慎重に…
あの方
は少しでも不審に思った人間には容赦しません…マリアは…そうやって平穏を保ってきた都市なのですから」シン達が次に目指すのは光の都市・マリア
セブンズシティで最も清廉潔白を尊ぶ都市で
定められたルールも遥かに厳しいとされている
そんな都市を治める女王・トベラは
ルールを地で行くかのような真面目さと
物事を良くも悪くもストレートに伝える性格は
多くの民から慕われる反面、貴族や臣下達からは
非常に扱いにくいとされ距離を置くほど
「…それでも、俺達は行きます」
「!」
シンの硬い決意が籠る一言に
アクアールは目を見張った
「あなた達の征く道は、決して簡単なことではありませんよ」
「それは、もとより承知」
「ていうか他に選択肢なんてないもんね」
「罪のない者達を利用し、弄ぶファクティスの愚行をこれ以上見過ごす訳にはいきません」
「そして、エメラルさんを元の姿に戻す方法も、必ず見つけます…!ですから…」
「皆さん…」
シンの後に続くように決意を述べるリンク達
傍で静かに聞いていたトルマリンとアイオラも
彼らの強い想いに心揺さぶられたかのように息を呑んだ
「分かりました。信じましょう…あなた達の旅路に、幸あらんことを…」
ーー
挨拶した後、アクアールは窓越しからシン達の姿を見送る
彼らの堂々とした背中を頼もしく感じながら
「…変わった奴ら、でしたね」
「え?」
アイオラが唐突に呟いた
「いえ、その…あれだけ騒がしかった割には随分と真面目というか…分を弁えてる…というか」
「あなたには、そう見えましたか…アイオラさん」
「!…ご、誤解なさらないでください陛下!わ、私はただ!そう思っただけで!決して心を許してなど…!」
「うふふ…」
「な…なんで笑うんです陛下…!」
「ふふ…」
「先輩まで!!」
相変わらずぶっきらぼうな態度でありながら
どこか親近感を湧かせているアイオラを見て
アクアールとトルマリンは嬉しさのあまり微笑んだ
そんな二人のリアクションの意味が分からず
次第に自分の言ったことに
恥ずかしさを覚えて地団駄を踏むアイオラであった
(サファイアお姉様、エメラルお姉様…どうか無事に戻ってきてください…私…待っていますから…お二人がいつ帰ってきてもいいように…アクアを必ず建て直してみせます…だから…どうか…どうか…)
儚く吹くそよ風に…ただただ、祈る…
ーーー
ー アクア 西門付近 ー
「…!」
突然、閉じていた瞳をハッと開けるケイ
何かを探すように周囲を確認するも
全て気のせいだと分かった瞬間
落ち込んだ様子で深くため息をつくと
「夢でも見たのか?」
声をかけてきたのは
背にもたれていた大きな木の裏側で
同じように佇むナッドであった
「…えぇ…とても、懐かしい夢だったわ」
「そうか」
ケイの悲しげな声色から
ナッドは何かを察したようにそう一言だけ伝えた
二人はシン達と合流する為に
人気の少ない西門付近で静かに待ち続けていた
そんな中、ケイが思い出したようにナッドに問い掛ける
「…どうして、言わなかったの?」
「何をだ」
「昨日の話、いくら全員に言えない事だと言っても…
隠す気もサラサラなく堂々と質問してくるケイに
ナッドはふぅ…と軽くため息をついた
「…どうしてそう思った?」
「今は違っても、元はエージェントだったんでしょ?そのくらいの情報…貴方が隠し持ってても何も可笑しくないし…あの子達が彼らと関連してる事なら…尚更言うべきなんじゃないかと…思っただけよ」
ナッドに臆する様子もなく
ケイはハッキリと自分の意見を述べた
「…無いわけではない、ただ確証が無いだけだ。他の奴らよりも」
「だから、伝えなかったのね」
「あぁ」
確証が無いまま話せば、シン達を混乱させるだけ
ゆえに何も答えず黙っていたナッドの心情を
理解したケイは
「分かったわ…この事は誰にも言わないでおく…」
「!…お前…」
「勘違いしないで。私は私自身の為にそうするだけ…だからあなたは、私のことは気にせずあなた自身の責務を全うすること、いいわね?」
「……あぁ…」
冷たくあしらうような態度の中に
微かな優しさが滲むケイの言葉に
どこか頼もしく感じるナッドであった
_____数十分後
「あ!おーじーさーまーーー!!」
ようやくナッドとケイと合流したシン達
最初に彼らの姿を見たアンがなんだかとても嬉しそうに
走ってきてはナッドに勢い良く抱きついた
「!?…なっ…おい、いきなり何すんだお前っ」
「やっと二人でゆっくりお話が出来るね~お・じ・さ・ま♡」
「な、何がおじさまだっ…とにかく離れろ、小娘!」
「いーやーだー♪」
会うや否やナッドに猛アプローチをかけるアン
まさか二度も命の危機を救ったことがきっかけで
こんなにも彼女が懐く姿を見るなんて
誰が予想しただろうか?
「あなた…そういう趣味があったの?」
「ンなわけあるかっ!!」
「どうも♪おじさまに命を助けてもらったか弱い女子のアンです!これからよろしくね!
「あ、姐さん…!?」
土足で踏み込む勢いで絡んでくるアンに
一瞬カチンと頭にきたケイだが
ミールに「まぁまぁ」と言われ仲裁された
気を取り直して、シン達は改めて
目的地に辿り着くまでの計画を再確認する
「シン殿、拙者達が向かう場所は覚えてるな?」
「光の都市・マリア…でしたね」
「あそこに行って、サイゾウくんの持つ巻き物を女王様達に見せるんだよね」
「然り」
「そしてそれを見せて…マリアと、ネオンの王様達が持つ
権利
を…行使させるんですね」マリアとネオンの王だけが権利を有する回避不能の裁き
それは通常の裁きでは対処不可能または未解決となってしまったケースなどを、光の王が厳正な審判を下し、裁かれた者は闇の王によって処罰を受けるというもの
「本当にそんな権利が存在するなんて…何度聞いても驚きです」
「まぁ…その割にリスクが大き過ぎるのが難点だがな。あの権利は」
彼らの権利には罠にも似たリスクが伴っていた
まず裁きを与えるには完璧な動かぬ証拠を
持っていることが大前提とされている。
それが無ければ審判は無効となり
逆に権利を悪用した罪として訴えた側の者が
裁きを受けねばならないことになっているのだ
「極端にも程があるわねぇ」
「そうしなければならない理由があるから、ルールになるのよ」
「理由…か」
裁くことにも、理由がある
当時はそうする必要があったとしても
果たして今は、どうなのだろうか?
「…今いる一部の王がファクティスの味方をしている…全員で奴らをつまみ出すことが不可能な今…王でも何者でもない俺達が…やらきゃならねぇんだ」
「ナッドさん…」
「だからと言って、簡単に死ぬつもりはないわ…あの子を…取り戻すまでは」
「ケイさん」
「そなたを巻き込んだ以上、後戻るをするつもりなど始めからなかったぞ、シン殿」
「サイゾウさん」
ナッドも、ケイも、サイゾウも…みんな大切なものを守る為に、取り返す為に戦うことを選んだ
「大丈夫ですシンさま!何があってもわたしがシンさまの背中をお守り致します!」
「ミール」
「そうそう♪ミールだけじゃなく私もついてるんだからおじさまもシンくんも大船に乗ったつもりでいてよね!」
「アンさん」
「やれやれ…」
アンとミールも成り行きでありながらも
共に戦うことを選んでくれた
そして……
「シンさん」
「リンク」
「また怪我をしたらいつでも言ってくださいね?あたし、皆さんのために精一杯がんばりますから…!」
「!………ありがとう、リンク」
狂った歯車を共に正そうと勇気を出してくれたリンク
「…みんな、改めて…これからよろしくな!」
「はい!」
「承知」
「はいはいよろしくね~♪」
「仰せのままに!」
「…よろしく、坊や」
「期待してるぞ…シン」
シンは決して希望を捨てない、決して、諦めたりはしない
目の前にいる大切な人が、大切な仲間がいる限り
「…さぁ!そうと決まればさっそくマリアに向かって出発よー!」
「その前にまずガイアを通過せねばならぬでござるよ」
「ガイア?」
「言ってなかったか?マリアに辿り着くためにはまず地の都市・ガイアというデカい砂漠地帯の中心にある都市を通らなきゃ行けないようになってるんだ」
「さ、砂漠地帯?」
地の都市・ガイアはナッドの言葉通り
砂漠で覆われた地域の中心にある都市で
朝昼は烈火の如く暑いが、夜は一転して極寒の地へと変わる
そんな極限状態に近い砂漠地帯に入ってから、ガイアに辿り着くまでの時間は迷わなければ約一週間弱、マリアまでの時間を含めた場合はさらに一週間と推測されている。長い道のりになるからこそ充分な体力、スタミナはもちろん、それを補う水や栄養源が通常の何倍も必須となるのだ
「安心しろ。砂漠に入る前の道で食料や装備品が買える街がある。そこでしっかり準備してからが、旅の本番だ」
「わーぉ、まさに命懸けの旅、だね♪」
「…暑いのは嫌いだけど、仕方ないわね」
「しかと心しておくのだぞ、シン殿?」
「ま、マジかよぉ…」
新たな仲間が加わったシン達の次なる旅路には
砂漠という未知なる壁が待ち構えてるのであった
【終】