第5話 地下水路
文字数 5,281文字
シンとサイゾウの脱獄が開始されてから数十分後
城内では王室から政府まで瞬く間に
脱獄の報せが回り始めた
この一番忙しない時にこの騒ぎが起きたとなれば
いずれ民の耳にも入る事になる...
それを極力防ぐ為、王室と政府は
至急、可能な限り兵を動員させ
二人が進むと予想される
幾多の逃走経路にそれぞれ配置された。
さらに、二人を捕らえた暁には
【莫大な懸賞金】を与えるという
人の心を利用した策を持ち出した。
そんな欲望と謀略の渦に巻き込まれてる事や
診療館で眠っているはずの少女・リンクが
彼らに連れ去られ城にいる事など
このときのシンは...まだ、知る由もなかった。
【第5話】
サイゾウという男に導かれ
ひたすら何も見えない暗闇の中を
歩いて行くとそこには【地下水路】のような
道なりへと繋がっていた
だが、地下に巡る下水にしては
異様なまでに悪臭が漂っており
ほぼ満身創痍なシンにとっては
鼻を摘み息も止めたくなるほど苦痛であった
そんなこともお構い無しに
先頭立ってスタスタと歩く謎の男サイゾウが
いきなり何の突拍子もなく口を開いた
「そなた、名は?」
「え?.....あの、シン....と言います」
「シン殿...承知した...さきほどは聞きそびれたでござるからな...」
「聞きそびれた、と言えばどうして俺を助けたんですか?...仮にも俺…あなたや他の刺客達と戦った敵のはず...」
「それは【以前】の話...でござるよ」
「えっ?」
サイゾウはさらに口を開いた
自身はある人物から【任務を託された者】で
その任務とは【ある者らの秘密と真実を暴く】
というもの...その任務のためにまず
彼は自身にとって戦力となる【駒】を探し求めた
結果…その駒としてシンが、選ばれたのだという
「えっ、こ、駒?俺が?」
「他に誰だと申すのだ?」
「い、いやいやいやっ!おかしいですよ!なんで自分の仲間じゃなくて俺なんですか?!全くの赤の他人である
俺を......」
そう言うとサイゾウがピタッと歩く足を止めた
「さよう…そなたは敵でも味方でも、ましてや顔を合わせたばかりの赤の他人…故にこそ【使い易い】と判断した」
「........え?」
使い易い、という単純なようで
釈然としない理由で彼を選んだのは
サクスに存在する【四組の派閥】への懸念だった
「は、派閥?それってつまり…同じ政府の一員なのに分裂してるってのか?」
「然り」
「なんでそんな、まどろっこしいものがサクスに…」
「この
サクスの王はこの散らばった派閥の中から
生まれている
そもそも、この四組の派閥には
それぞれ政府としての役目を担っており
その責任から各々が真っ当な主張を発信し
少しでもサクスをより良く正し
より賢く強い王を玉座に据えて
統治するのが比較的正当なやり方であるが
実際のところは皆
ただ権力が欲しいが為に色んな口実を作って
他の派閥を物理的に、精神的に貶める
それが時に堪忍袋の緒が切れたように
当人同士で直接揉める事もしばしばであるが
これが最悪の場合、民を巻き込んだ戦にまで発展し
王さえも引きずり下ろすといった卑劣な武力行使で
また新しい王を据えるという事が実際に起きてるのだ
現に今、玉座に君臨する王もまた…そのうちの一人だ
「む、無茶苦茶だな…この都市の人達は」
「その無茶苦茶な者達の中から、そなたは絶対的な信頼を置ける者を探し当てられるか?」
「え……う、うーん、そう言われると、自信が無いな…」
ちなみにサイゾウも
その派閥内のうち一組に所属している
目的の為には同胞すらも欺く
そんなやり口も彼の中では
当たり前のこととなっている
「確かにまだ会って間も無く何も知らぬ故、疑うところは多いが、信頼関係が無に等しい知り合いよりはマシ...そういうことでござるよ」
「...」
シンは言葉を詰まらせた...
この男はいったいどこまで
何を考えて行動しているのか
正直、全く見当がつかない
そんな中、ひとつ疑問に浮かんだ事が
「そういや、俺を選んだってことは…いつから俺の存在に気づいて…」
「先日そなたが発動させた魔法で偶然見つけた」
「魔法?」
「なんだそなた、何も意図せず魔法を発動させたのか?」
「い、いや…意図も何も…俺、魔法なんて言葉…今初めて聞いて」
「なに?」
疑問を抱いたサイゾウは突如
シンの顔に触れそうな距離まで
近寄りまじまじと見つめた
「な、なんですか急にっ…」
「そなた…まことに魔法を使ったことがござらぬのか?」
「だから、使ったことなんてありませんよ!つか、今俺…昔の記憶を全部失ってるから…もう、なんにも知らなくて…」
「記憶がない?」
「はい」
「…」
それを聞いたサイゾウは
何故かため息つきながら
腕を組んだ
「これは、厄介な事になったでござるな」
「……サ、サイゾウ、さん?」
ーーー
ー サクス城 客人館 ー
城の敷地内に
兵士達の慌ただしい騒音が聞こえづらい
少し離れた場所に客人用の館にある一室に
病室用として完備された部屋で
リンクが、一人静かに寝息を立てていた。
目覚める気配がないものの
治療は滞りなく進み
確実に回復している模様
するとそこへ、付き人を従わせる青年が
忍び寄るように部屋へ侵入した
「セシア様...」
「そなたは外を見張っておれ」
「承知しました」
付き人に外を見張らせた青年の名は
【セシア=ウヅキ】
彼は現在、王として務める男
【マダラス=ウヅキ】の妹君から生まれた一人息子
彼は普段、呑気に自室で本ばかり読む
言わば「本の虫」と多くの者達から揶揄されている
そんな彼がここまで積極的に動いてるのは
数時間ほど前、城門前で見たこの地に厄介する
謎の男【エル】の動向を密かに探り続けていたからだ...
(この生娘が、あの男と関係してる…というのか?)
彼らを見張ってる途中で見かけた不審な荷車が
この館に入っていくのを確認したセシアは
折を見てここへやってきたが
まさか、こんなか弱い女性を誘拐するとは
しかも…まだ年端もいかぬような顔立ちの少女を
よりにもよって重傷のまま、ここへ…
いったい、あの男は何を考えてるのだろうか?
(ともかく、いま私に出来るのは……………!)
ふとセシアは…少女の寝顔に目が釘付けとなった
よく見ると年端もいかぬような顔立ちとは裏腹に
瞳を閉じた長いまつ毛、淡い桜色をした小さな唇
髪や衣服で見え隠れする首元から漂う淑やかな色気
不思議な魅力を感じさせる少女に対し、セシアは
「........まことに、美しい少女だ...」
少女の乱れた前髪を手でそっと直しながら
青年の心の内に秘めるものとは...
ーーー
ー サクス 地下水路 ー
あれからしばらくして
二人は黙々と水路を歩き続けていた
けれど、シンの心の内では
あの後サイゾウの
口から語られた魔力について
何度も思い出していた
【魔力】とは…
人や妖精、さまざまな者達が
持ち合わせる不思議な力の源
【魔法】は、その源を
自らの手で具現化した力の事である
けれどその魔力が生まれたきっかけは皆同じようで
全く違っていた…例えば
生まれながらに覚醒する者(先天性型)と
生まれて幾年過ぎた頃にて覚醒する者(後天性型)
あるいは死ぬまで覚醒することの無い者(無反応型)
...のいずれかに分かれている
このセブンズシティで魔法は
主に【防衛用】として使われるため
人や動物、妖精らに対し
意図的に危害を加えたり
悪巧みを目的として悪用すれば
どこにいてもその地の王の命令により
即刻【処罰】されるのがこの世界にある
掟のひとつとされている
そしてシンの場合
先日の騒動で初めて魔法を使った瞬間であったため
最初は後天性型かもと、サイゾウが推察したが
その後すぐに聞かされたシンの【記憶喪失】で
先天性型の可能性が浮上してしまった
以前の彼は、魔力をどう扱っていたのか?
それ以前に彼はどんな立場でどんな暮らしを
してきたのか、考えれば考えるほど
新しい疑問ばかり浮かぶ一方であった
(...俺の、体は...俺の心は、本当にどうなってるんだ......もしこれが初めてではなかったとしたら昔の俺は...いったい、何者だったんだよ………ちくしょう、頭が痛い)
答えなど当然すぐに出るはずもなく
無言のままシンは自分自身への不安と憤りで
拳をさらに強く握りしめた
そうしてさらに数分後
ようやく辿り着いたとされる場所は
「ここは...」
【暗闇に包まれる水の迷宮】
咲き誇る桜と舞い散る雪が同時に彩られた
美しい地上とは正反対に
地下では、各所から滝のようにド迫力に流れる水は
確かに壮大であるが
鬱屈した暗闇と蔓延する悪臭のせいで
地上と全く異なる雰囲気を醸していた
なぜなら…
「ここはサクスの歴史において幾度となく戦場になったところでもある...」
「...戦場?この場所がですが?」
「さよう、ここはただ水を流すだけでなく戦において不可欠である迅速な移動などで使われておる...後は、後始末用に作られた水路でもあるな」
「後始末.....それって...まさか」
その言葉にシンは思わず背筋を凍らせた
「あの...ほ、本当に全部、ここに流されるのですか?後始末された、人の…」
「そうだ」
「なんでまた…そんないい加減なマネを…」
「今更長い歴史にどうこう言える立場ではござらぬ、が…今となってはそなたの言う通りやもしれぬな」
「え、それは、どういう………ん?」
ブクブクブクブク.....
突如、下に少し貯まった水から
何故か沸騰するかのように激しく泡立ち始めた
「ふっ…さっそく歓迎されるとは、そなたもツイてるな」
「か、歓迎?いったい誰が.......っ!?」
ブクブク.....ブシャアアアァアア!!!!!
「うわぁ!!なんだよコイツはぁ!!!?」
荒々しい水飛沫から現れたのは
ドラゴンとはまた違った声を発し
下水で溜め込まれた汚物や泥を纏う異物
それはもはや人やモンスターの姿とは
程遠い存在、バケモノ…なのであった
「ひとつ申す事があるとすれば、実はこの水路、昨年から水道を行き来していたはずの兵士達が行方知らずとなったという報せが出始めた...しかも、彼らは誰一人戻らなかった上に、生きてるかどうかも不明なままとなっている...だが不審な事に、政府はこの件を全て伏せた...なぜだがわかるか?シン殿」
「す、全て伏せた?...なんでそんなことを......!」
グォアアアアァァアァアァ!!!!!!
水の塊らしきものは雄叫びとともに
シンとサイゾウの元へ突撃
なんとか間一髪で避けるが
バケモノはただ叫びながら無造作に荒れ狂うも
生きるものとしての感情が
何一つ伝わってこないせいで余計に動きが読めない
まさに理解不能な状況であった
だが、シンにとっていま、最もわからないことは
(伏せた理由って、いったいなんなんだ?まさか...行方知らずとなったのは全部コイツのせいだと理解してるのに、上の奴らは皆無視してるってことなのか?)
二人は広い空間を利用して
散らばるように逃げ回るものの
足場はほぼ水溜まりゆえに
服から靴まで全部水を吸って
重くなり動きを鈍らせている
じわじわと沁みる体の傷も相まって
シンは避ける動作ひとつで一苦労であった
(はぁ…はぁ…ち、ちくしょう...体が言うこと聞かねぇ.....それにしても、なんでなんだ...自分達を守ってるはずの兵士達をなんで救いもしないで置き去りにするようなマネを..………って、あれ?)
再び、サイゾウの言葉が脳裏によぎる
ー政府はこの件を全て伏せた...なぜだがわかるか?ー
(あの人...どうしてこんな大事な話を俺に?...俺は、本当に駒扱いなのか?...それに確か、あの人は「ある者ら」の秘密や真実を暴くって、言ったよな? もしかして、そいつらがこのモンスターや政府と何か関係が?...だったらその肝心の奴らはいったい誰なんだ?…どうしても伏せなきゃいけない...困る奴、理由...それは....…………っ!?)
(ほぅ...全て話した訳でもあるまいのに、随分と察しの良い男だな...まぁ、そうでなくては駒として選んだ意味はござらぬ...さて、あとは…こやつをどう始末すべきか...)
政府によって存在を隠された
水路に潜むモンスターとその真実
その裏にはいったい
どれだけの
もの
が積み重なっているのだろうか。【終】