第29話 女王アクアール
文字数 6,197文字
「メイリンさん」
水のように透き通った優しい声が
メイリンの名を呼んだ
「…アクアール陛下」
ガタンっ…
「陛下、先ほどの御挨拶…多大なる感銘を受けました…恐悦至極に存じます」
「ふふ…あなたは昔から真面目な人ね…私があなたの友だとしても」
「女王たる貴方様への当然の敬意ですよ…陛下」
堂々とした振る舞いを見せるメイリンと
その姿を微笑ましく思うアクアール
「ところでメイリンさん、ひとつ…お願いしたい事が」
「何でしょうか?」
「先日あなたを助けた方の中から、一人お話したい方がいますの」
「え?それは…誰のことで」
目線をシン達に向けるアクアール
「確か、リンクさん…でしたっけ?…可愛らしい四つ葉のクローバーの髪飾りを着けた…」
「リンク、ですか?」
「えぇ」
「…大変僭越ながら陛下、彼女と話したい理由というのは…」
「それは…」
ーーー
キエロ……キエウセロ……
「っ!」
(い、今のは……)
リンクの元に聞こえてきた、謎の声
ふと周囲を確認したものの
周りは皆、酒に舞にと陽気に酔いしれて
殺気などまるで感じられない
そう思いながらも唯一声が聞こえるリンクは
シン達に声を掛けようとするが
(…どうしよう)
目の前にいるアンはサイゾウと
隣の席にいるシンはミールと…それぞれが
談話に興じている
穏やかな空気を壊すことに躊躇った彼女は
ガタッ…
「!…リンク、どうかしたのか?」
「ちょっとだけ、外の空気を吸いに…」
「え…」
ぎこちない笑顔でそう言ってリンクは
そそくさと席を離れようとした直後
「リンク、皆!」
タイミング良く目の前に現れたのは
メイリンと…女王アクアールであった
【第29話】
「メイ…じゃなくて王女様に、アクアール陛下…!」
シン達はおもむろに席を立って二人に対し
敬意を表して頭を下げた
「ははっ…今日は特別な日なのだからそんな畏まる必要はない、面を上げよ」
「いえ、そういうわけには…」
「そこんところは真面目なのだな…まぁ良い」
「それで、陛下と王女様が拙者達に何の御用で?」
「おっとそうだ。陛下が…話がしたい者が一人おると申してくれてな」
「話、ですか?」
「あぁ……リンク、そなただ」
「え…!」
予想だにしなかった事態に
シン達は困惑を隠せなかった
特に、指名されたリンクは
「え、あ、あたし、ですか?」と
恐縮した様子で誰よりも戸惑っていた
…が、女王アクアールはそれにお構いなく彼女に接近すると
「…あなたが【リンク=アソワール】さん、ですね?」
「は、はい…女王様っ」
「初めまして。私はアクアの王を務めるアクアールと申します」
「!…あ、わ、わたくしリンク=アソワール!女王様にご、ご挨拶致します…!」
緊張でやや声が裏返りながらも必死に挨拶するリンクの姿に
アクアールはなぜか安心したように微笑んだ
「あなたの事はメイリンさんから聞きましたわ…あなたには
特別な力
を秘めている方だと」「いえっ…あたしにそんな大層なものは」
「ふふ…ひとまずベランダへ参りましょう?あなたにはいろいろと聞きたいことがありまして…」
「き、聞きたいこと?」
「えぇ、
アクアールに半ば強引に手を引かれて会場を離れていくリンク
「じ、女王様っ……あのっ……」
積極的、と言うにはあまりにも強引かつ唐突すぎる女王の行動に、ポツンと取り残されたシン達は一目散にメイリンに問いただす
「ちょっとちょっとお姫さん、これはいったいどういうことなの?説明してよ!」
「そ、そんなこと、私が知りたいくらいだ!しかし陛下は
特別な力を持つ
リンクと話したい以外何も仰ってくれなかった…故に…」「お姫さぁん…そりゃ無いですよ~!」
「ま、まぁまぁアンさま、落ち着いてくださいませ…」
理解出来ない状況に頭を悩ますメイリン達をよそに
シンとサイゾウがアクアールのある一言に引っかかりを覚えていた
「…特別な、力」
「そなたも気付いたか、シン殿」
「きっと、ドラゴンの力のことですよね。この前リンクさんが起こした…あの」
二人の予想ではアクアールの言う特別な力とは
リンクの持つドラゴンの力
それ以外に思い当たるものがなかった
にしても何故アクアールがリンクと話したいと言ったのか?
ただの興味本位で彼女と話をしたいのなら
わざわざ二人きりになる必要はあるのか?
そうする必要があるのは、アクアールが彼女の力について何か知っているから…誰にも言えない、
なにか
を「姫君」
「と、唐突になんだ?」
「陛下は、誠に、リンク殿とは初対面…でござるな?」
「私の限りでは…そうだな」
「そもそも、お姫さんはリンちゃんのことなんて説明したわけ?」
「起きた事をそのまま伝えただけだ。もちろん私にも分からぬ事は分からないと申した………言っておくが、陛下をその辺の奴らと同じにするでないぞ?あの方は昔…家族を失ったが、大切な故郷を守るためにずっと戦っている。私が王になることを、誰よりも望み、応援してくれたお方なのだ」
「そう、だったんですか…」
メイリンの彼女に対する思いに嘘は感じられなかった
となれば、アクアール本人にどんな意図があるのか
直接確かめる以外、方法はないと見たサイゾウは
「さてシン殿。この状況をどう見る?」
「はい?」
「リンちゃん達の様子、見に行くの?行かないの?」
「え、え、なんで俺が決め…」
「ん?」
「ゔっ…」
「んん~?」
またしても悪魔のような笑みのまま
無言の圧を与えてくる二人であった
「わ、分かったよ!見に行けばいいんだろ!行・け・ば!!」
「決まりだね♪」
「でござるな」
「…ちっ…くしょう…アンタら…ぜってぇ覚えてろよっ…!」
「すっかりあやつらの玩具にされておるの…シンは」
「シンさま…」
ーーー
ーファオロン邸 ベランダー
辿り着くとそこには誰もおらず
広々とした夜景と輝く満月だけが
はっきりと見えていた。
「…ここはいつも綺麗ですわね…山に囲まれたこの夜景…わたくし故郷にはない景色ですわ」
「女王様、あの…」
「あなたの故郷はどんな景色ですか?」
「え…」
いきなりどんな景色だのなんだのと言われても
言葉が出てこないリンクはアワアワと
口篭ってしまった
そんな彼女を見てアクアールは
「ふふ、突然こんなこと聞いても戸惑うのは当たり前ですわよね…ごめんなさいリンクさん」
「!…い、いえそんなことっ…」
必死にアクアールを気遣うリンク
その健気さに何故か安堵するアクアールは
「…
「…!!…女王様、この力の事を、ご存知だったのですか?」
「えぇ…少しばかり……ですが、
「…っ…お、恐れ入ります女王様…」
「だからこそ、
「それは…」
二人が会話を初めてから数分後__
「…ねぇ、あの二人なにを喋ってるの?」
「いや、ここからではわからぬ…って、なんだこの盗み聞きするような感じは…!」
しーーーっ!!
「…っ!」
二人の行方が気になったシン達は
立ち聞…もとい隠れた立会人(?)として
二人の会話を覗…ではなく見守ろうと決めたという
「あのすみません、相手はあの女王様ですよ?いくら気になるとはいえこれは完全に…むぐっ」
「はいはいあんたも口答えしないのミール…てかさ、あの女王様がドラゴンの力のこと知ってるなら、なんで今まで黙ってたのさ。ひょっとしてあのファク…なんちゃらって奴の仲間なんじゃ…」
「馬鹿者…!そんな戯けた事を申すな!陛下はむしろファクティスを敵とみなしておるのだ!一部の家臣達が好意的なのが、非常にいけ好かないところであるが…」
「なにゆえ敵とみなしておるのだ?」
「言ったであろう。陛下はかつて、家族を喪った…そしてその原因が、ファクティスと関係してるのだ…」
「女王様の家族が、ファクティスに…?」
彼女の一言で一気に不穏な空気が流れ始める
一方…
(あらあら…困った方達ですわね)
シン達がざわついてる気配にふと気づいたアクアールだが
メイリンも傍にいることを確認したことで
ふふっと笑を零しつつそのまま話を続けようとした直後
リンクが突然口を開いた…
「あの…女王様」
「なにかしら?」
「恐れ入りますが、あたしにも…どうしてこんな力を持っているのか、はっきり言って分かりません」
「はい?」
思いもよらぬ答えにアクアールは目を見開かせる
「何故、そう言い切れますの?」
「信じて頂けないことは百も承知しております。あたしも、自分で自分の事が信じられなくなりかけてますから…」
「!」
今にも涙が出そうなのを必死に堪えて微笑むリンク
「リンクさん、あなた」
「少し前、黒いドラゴンがサクスを襲いました。あの時のあたしには怪我で記憶がほとんどなく、気づいた時にはシンさん達と再会し…ミールさんと、メイリンさんのお兄さんの命を救うに至りました」
「(黒い…ドラゴン…!)」
「皆さんの力になれたことは正直とても嬉しかった…でも、だからこそ…あたし自身がこの力について何も分からないだなんて、すごく、嫌なんです…どんなに強い力でも、誤ればきっといつか、仲間のみんなを傷付けてしまうかもしれない…そう思うと情けなくて、申し訳なくて、でも……どうしていいのかわからなくて…っ」
「…」
アクアールに今まで誰にも言えなかった思いをぶつけるリンクは
「アクアール様…!差し出がましいお願いであることは承知してます!ですが、教えてください…!この力は…あたしは、これからどうすればいいのですかっ…この力でみんなを助けることが出来るなら、あたしは…!」
「リンク、さん」
その溢れ出る感情からくる切なる願いが鋭い痛みとなって
アクアールの胸にチクリと刺さる
ーーー
「…リンクさま、ずっと悩んでおられたのですね」
「今まで力を持たなかった者が、突然力を持って戸惑うのは当然のことだ…だが、あやつはそれでもみんなのことを考えて…」
「リンクさん…」
リンクの心情を聞いて、シンは改めて痛感した
ブレイネル山の一件から彼女は葛藤していた
ドラゴンのこと、ファクティスとの関係のこと
知らないうちに巻き込まれ、容赦なく流されていく中で
誰にも理解されないまま、誤解されたまま
為す術もなく彼女は一人で、苦しんでいたのだ
「…どうやら、そなたの信じるものはあながち間違いではなかったようでござるな。シン殿」
「サイゾウさん…」
「かと言って油断するな…一時的とはいえ、ファクティスが彼女の身を保護したということは奴らにとっては重要な存在であるという証…そなたが心から彼女の身を案じてるというのなら、尚更真実を知らなくてはならないぞ」
「!……サイゾウさん…もしかして、あなたも本当は…」
「盗み聞きもそこまでですよ、王女様方」
「うわぁぁっ!!?」
「っ!?」
背後からゆらりと聞こえてきた声にバタバタと倒れ込むシン達と
彼らの騒音に驚いたリンクは「え、なに?」と周囲をキョロキョロと見回しアクアールは「あらあら」と言って微笑んでいた
「ト、トルマリン…い、いつからそこに」
「いつからも何も、王女様方がお話に夢中になって気が付かなかっただけのことですよ」
「は…はは…なるほど、どおりで姿が見当たらぬと思ったら」
「ちょっとお姫さん、この人、誰?」
アクアの軍服を身にまとい爽やかな青緑の長い髪を靡かせる
彼女の名はトルマリン
アクアールの側近で常に彼女の身を守る剣士
日頃影に徹する彼女は気配を隠すことは得意だったために
(サイゾウ以外)誰も気配を感じなかった模様
「サイゾウくん、気付いてたのなら言ってよ~!」
「敵意さえ無ければ特に問題ないと思ってな」
「いや、そういうことではないかと…」
「そもそも、ここに来ようと言ったのはシン殿ではござらぬか」
「はぁっ!?」
突然の
なすりつけ
に間抜け声で驚くシン「ち、ちょ、ちょっと待てサイゾウさん!その言い草じゃ俺一人で…」
「何を申す。そなたが
あまりにも
リンク殿を心配しておるから様子を見に行こうと言って、こうなったのではござらぬか?」「まてまてまて、い、言ってることに間違いはないが…なにも俺はそこまで…!」
「シンさま、シンさま」
「!!!」
ミールが服を軽く引っ張って呼んでることに気づくと
嫌な予感がしたシンは恐る恐る、後ろを振り向くと
至近距離で目を丸くしてこちらを見つめる
リンクの姿が…
「シンさん」
「リ、リンクさん…あの、これは、その」
「…ありがとうございます」
「えっ」
予想外過ぎる反応にシンは彼女以上に目を丸くした
「え、ど、どうして、お礼なんて…」
「ブレイネル山で、あなたは仰ってくれましたよね?君は君自身を信じてくれって」
「あ、あぁ」
「あの言葉が無かったらあたし、本当に自分のことが信じられなくなって、何もかも、諦めていたかもしなかったと思うんです…あなたの優しさがあったから、あたし…」
「そ、そんなことはない!君はいつだってがんばってるじゃないか!むしろ、俺の方こそ…君が抱えるの不安を取り除いてあげるべきだったのに………ごめんっ…」
これまで彼女に抱いた感情に対する
申し訳なさから頭を深々と下げて謝るシン
それに慌てるリンクは「顔を上げてください」と
シンの両肩に優しく触れる
彼らの一部始終を見ていたアクアールは…
クスッ…
「幸せ者ですわね、リンクさん」
「…え?」
どこか嬉しそうに答えた
そして、シンが顔を上げた直後
彼女は顔色を窺うような形でシンに接近した
「あなたがシンさん…ですね」
「え…は、はい!女王様」
「リンクさんと同じくらい、とても美しく真っ直ぐな目をしていらっしゃるのね」
「え?あ、あの…ありがとう、ございま、す?」
安堵する青い瞳に切なさが滲み出す
「あなたなら…きっと、リンクさんを…みんなを
救う
ことができるかも、しれませんわね」「そ、それは…どういう……」
きゃああああああああ!!!!!!!!
「なんだっ!?」
突然会場内から響いてきたのは
大勢の人の叫び声であった
「会場で何が…!…父上達はっ?!」
「あ、メイリンさま!!」
「トルマリンさんっ!メイリンさんに着いて行って!共に状況確認をっ!」
「陛下は…!」
「
「…御意!」
「サイゾウさん、俺達も行こう!!アンさんとミールは女王様とリンクさんの傍に!!」
「りょうかいっ!!」
サイゾウと見合って頷くと
着ていたタキシードの上着を脱いで会場に向かう二人を見て
不安に駆られたリンクは
「…シンさん!!」
彼の名を呼んで一歩前に出た
次の瞬間…
シュルルルルっ!!!!!
「はぁぅっ!!!!」
「リンクさんっ!?」
上空から突如、ロープのように伸びてきたのは
魔力で連結した謎の模様が描かれた、お札
そのお札がリンクの身体を拘束して
強引に引っ張り上げた
「リンクさま!リンクさまぁ!!」
「誰よ!!こんな手品師みたいな小細工するやつは!!」
「ふふっ…手品師かぁ、いい褒め言葉だね♪」
「っ!?」
札の持ち主は屋敷の頂上にて
妖しく嘲笑う…灰色のパーカーで身を包む、少年であった
「お前、何者だ…!」
「そういえば、挨拶はおろか顔を合わせるのは
今日が
初めて
だったね初めまして。僕の名前はルーファ
君達が心から憎むファクティスの一員だ、よろしくね♪」
「なんだとっ!?」
さぁ、新たな地獄が…来たれり…
【終】