第9話 裏切り者
文字数 6,734文字
(うわ寒…って…あぁそうだ、外は雪...だったな)
ようやく地下水路から脱出したシンとサイゾウ
外は相変わらず凍える風と夜明け前という事で少し暗く、周辺にある川や森も診療館側の森林地帯とは
全く異なる鬱屈とした雰囲気を醸し出していた
「サイゾウさん、この道はいったい…」
「この道は、サクスにおいて非常に狙われやすい道だったゆえ、かつての王達が敵の侵入を防ぐ【罠】を張り巡らせた場所でござる」
「わ、罠っ?!なんでそんな危ない道をわざわざ…」
「抜け道があるから、でござるよ」
「抜け道?」
サイゾウの話によると、この森には
罠に掛からずに済む安全な抜け道が存在するのだが
歴代の王達が対策として設置した罠が
度が過ぎるほどに数が増えた事で
敵味方問わず多くの犠牲者を出してしまった
地下水路とはまた違う恐ろしさを秘めるこの場所は
今ではほとんどの者が近づく事はない
だからこそ、サイゾウはそれを逆手に取って脱出を図ったのだという
「…あんたも中々恐ろしい人だな、良い意味で……多分」
「ふっ…さようか。ちなみにあそこの川の底を見てみるがよい」
「え?なんでですか?」
「見ればわかる」
サイゾウに軽々しくそう告げられて
シンはまさかなと嫌な予感が渦巻きつつ
恐る恐る川底を見てみると
「なっ...!」
それは人間や動物などの【骸と化した大量の屍】
大半はおそらく張られた罠によって命が絶たれた光景であるように見えシンは思わず絶句したが、サイゾウはさらに信じられないことを告げる
「先ほど伝えたはずでござったが...あのモンスターに襲われた者達もあの水路からここへ流れ着いているのだ...誰にも知られぬまま、罠に堕ちた者達と共に、な」
再び話の繋がりが見えてきた途端
シンの顔色はみるみると青ざめていく
無慈悲に闇へ葬られる多くの命
そしてそれは、誰の目にも耳にも入らぬまま
忘れ去られていく現実
だが、それでも………真実への道は…まだ遠い
【第9話】
「...確認できたのなら、参るぞ」
そう言ってサイゾウは歩き始める
…思えば、彼と会ってまだ非常に間もないが
彼は自分を駒として見ながらも命懸けで助けてくれた
皮肉な口ぶりと態度が目立つ傍らでも
信頼を寄せてくるような言動が見え隠れしたりと
何故、人の感情を煽るような言動ばかりするのか
単純にシンを試しているのか?
目的のためだけに?
必要最低限でも自分が
信頼できる存在であるかどうかを
確かめているのか?
…それとも、別のなにかがあるというのか?
(そういえば、サイゾウさんはある者らの【秘密】を探ってるって言ってたよな…それに、モンスターの話も…兵士達のことも俺に話してくれた…どうしてそこまで…)
ある者らの秘密…きっとそれが
サイゾウの目的における最も重大なヒントで
答えでもあるのかもしれないと、シンは推測した
考えれば考える程サイゾウに対して
強い疑問と予感を感じざるを得なかった
それに…
「否、あれはこのモンスターを生み出した元凶…【
(癒晶石…ハッキリとは思い出せないが、どこかで聞いたことのある名前だった…きっとあの石にもサイゾウさんの言う秘密や、俺の記憶について何かが隠されているのかも…)
様々な憶測の中で
シンはサイゾウの後に続いて森へ入るのだった
ーー
抜け道から罠のある道なりを見渡すと
血で錆びれた仕掛けや
無法地帯と化してる鎖や刃物の山
あの小さな川へと誘うような断崖絶壁など
彼の言うとおりここは、敵味方問わず
犠牲者を増やす恐ろしい森林地帯
人はおろか動物すら寄せ付けない
この禍々しい雰囲気
しかも、今は雪と風が吹き荒ぶ【冬の月】
この時期にもし罠に掛かってしまったら
より死を早める事になる
どう足掻いても絶望とはこういう事なのだろうか…
だが、最も恐ろしいのはこのようなものが
サクスにおいて
当たり前の光景
と化してるのならばこの都市は、本当に狂ってる
(サクラはあんなにも綺麗に咲いてるのに...)
最初に見たサクスの汚れの無い美しい街並みが
もはや懐かしく思えるシンであった
複雑な心境を抱えたまま
抜け道を脱すると
「.......っ!!」
そこには彼らが森から出てくるのを
まるで予想していたかのように四方八方と
あちこちに待機する
かつてサイゾウと共にいた忍達の姿が
「小僧共々生きておったか、サイゾウ」
彼の声、聞き覚えがある
確かサイゾウと共に自分を捕らえに来た忍だ
今ではサイゾウがこちらの味方となり
彼らとは敵となった事は重々理解しているが…
「あんた達はサイゾウさんの仲間...どうしてここを通ると分かったんだ?」
「ふんっ!脱獄犯と裏切り者に教える義理などない!」
「なんだと!」
「…」
忍が低い声ではっきりと伝えるも
サイゾウは全く顔色を変えないまま
無言で忍達に視線を向けていた
「ふふ、サイゾウよ。裏切ったかつての同胞に逃げ先を探し当てられて言葉も出ないか?…哀れな奴め、だがもう遅い…一度大殿と我々を裏切った以上…ここで成敗してくれる!!観念しろ!!!」
忍達は一斉に刀を抜いて構えた
しかし、この時だけは妙に煮え切らない態度で
ずっと沈黙し続けるサイゾウ
彼のその不可解な行動が
未だに理解出来ていない、が
今シンが、一番理解出来るのは…
「理由はどうであれ俺のせいでサイゾウさんがアンタらを裏切るようなマネをさせたのは事実だ。本当に、悪かった……でも、今の俺達にはどうしてもやらなきゃいけない事があるんだ!!」
「なんだと?」
シンはシンなりに彼らに向けて決意を示した
「やらなきゃいけない事とは、どういう事だ?」
「サクスが隠す多くの罪と秘密。それを暴く為に俺達は戦ってる…今はまだ分からない事だらけで信じられない話かもしれないけど、アンタらを裏切ってまで戦おうとするサイゾウさんの決意を…俺は、無駄にはしたくない!!だから捕まる訳にもいかない!たとえ、邪魔する奴が同胞である、アンタらであろうともな…!」
「!!」
シンの確固たる決意の旨に
思わず目を見開かせるサイゾウ
だが忍達からはそんな決意に対して
思いもよらぬ言葉を耳にする
「そいつの決意?サクスの罪?秘密だと?ふんっ!そんなもの、我々の知ったことではあるまい!!我々忍はただ!下された命に従い執行するのみよっ!!」
「な、んだって?」
自分の
彼らはどうして無関心でいられるのか?
どうして、彼らはそんな簡単に
元同胞の気持ちをあしらえるのだろうか?
本音?それとも分かっててそんな素振りを?
どちらにしてもこれは
サイゾウにとって、悲劇以外の何ものでもない
「さて、お喋りはここまでだ...」
スッ...
忍が手をあげると忍達がジリジリと迫った
シンもやむを得ず鞘から剣を抜こうとしたその瞬間
クスッ…
沈黙を保っていたサイゾウから
小さくとも不気味な笑い声が聞こえた
「き、貴様っ!何を笑っておる?!」
(サイゾウ......さん?)
焦って声を荒らげる忍
しかし当の本人は先程から声を抑えつつも
人の事を面白可笑しそうに腹を抱えて笑っていた
「…あぁ…これは失敬、そなたらが、これほどまでに無知で滑稽な奴らだとは思わなくてな…」
「なんだと!...貴様っ何をたわけた事を.....!!」
沈黙し続けていたサイゾウからようやく
いつもの笑み
が浮かびだした「たわけてるのはそなたらの方であろう?...まぁ、頭領やそなたらに命を下した者はそなたらを命令を聞く従順な犬としか見ておらぬだろうな…王だろうと政府だろうと、ましてや…
「なんだ、と...っ!!」
(王や政府はともかく…部外者が、この人たちに命令?…まさか、サイゾウさんの言うある者らっていうのはその部外者だというのか?)
話の展開がますます不可解で混沌と化していく
一方忍は図星を突かれたように動揺すると
「な、ならば貴様には分かってるというのか?我々に命令する者が誰かを...!!」
「何故そのような事を裏切り者の拙者に聞くのだ?もしやそなたら…命令したのが誰かも分かっておらぬまま任務を遂行していたというのか?…やれやれ、忍ともあろう者が自分の主も分からぬとは…忍として世も末だな」
「だ、黙らぬかっ!!!...もうよい...問答などもはや無用だ、サイゾウ...我ら忍を侮辱した罪...万死に値する!!」
怒り狂った忍達はさらに距離を縮めてきた
正直彼らを煽ったはいいものの
戦局としては完全に多勢に無勢
先の戦いでの傷は全く癒えておらず
しかも背後は抜け道はあっても
戦いにおいてはリスクの高い罠だらけの森
手詰まりにも思えるこの状況でサイゾウが
シンに小さく呟いた
「...コレを使ったら、その隙にここから逃げるぞ」
「コレ?」
下を向いてみると
彼の手には小さな煙玉が握られていた
それを見てシンはそれを使って何するかを
すぐに理解して静かに頷いた
一歩、二歩と…
寸前にまで彼らが迫ってきた時
サイゾウは勢い良く煙玉を地面に放り投げた
ボゥン!!!!!
「!.....っ!え、煙幕だとっ!?」
「げほっげほっ...な、なんだ、こりゃ!目が!すげぇ染みるぞ!」
「ぐぅう...いってえええ!!」
目が染みる程度(?)の酸味のある香料を含んだ煙玉で忍達を撹乱したサイゾウ、そしてすかさず煙幕を掻い潜り全速力で共に走り出したシンであるが
「げほっげほっ...なん、なんだよあの煙、げほっ!」
「もっとしっかり目を瞑らぬからそうなるのだ...まぁ多少なりともタフなそなたであれば…それくらい問題なかろう」
「や、やっぱりアンタ、俺をなんだと思ってるんですか!?」
「言ったであろう、そなたは…拙者の【駒】であると」
清々しく言い切ったその何食わぬ表情
はらわた煮えくり返るような思いであったが
背後から大量の苦無が降り注いでくるせいで
もうそれどころではなかった
「き、貴様らぁぁぁ!!逃がさんぞおおおお!!」
「...タフなのはシン殿だけではなかったようだな」
(ぁあっ!!ちくしょう!!...こうなったらなにがなんでも逃げてやるっ...こんな人に笑われて死ぬくらいなら、あんな人達にむざむざと殺されるくらいなら、絶対に逃げて、生き残ってやる!!!!)
どこかやけくそにも思える心境だが
シンの生きようとする意思は
あの時、記憶を失い死にかけていた頃から
全く変わりはしなかった
ーーー
ー サクス 花街道 ー
ブォオオオオオオオォン!!!!
「お!この音はもしや...脱獄犯が見つかったのか!?」
「よーしお前ら!!絶対逃すなよ!!脱獄犯どもを取っ捕まえようぜ!!」
「うおおおおおおお!!!!」
ーーー
忍達の猛追を交わす為に走ってる途中
まだ癒えていない傷が開いて痛み始めた
(ぐっ……く、そっ...こんな、ときにっ!傷が…!)
途中までは何事も無く夢中で走っていたが
今は弱音を吐く暇を与えぬほどに
忍達から容赦ない攻撃を仕掛けられ
次第に広がる痛みに苦しみながらも
シンは必死に耐えながら走り続けた
するとサイゾウが先頭立って走ると
細道へ入るよう誘導し始めた
「花街道の裏道は迷路とも言われておるが、近道もある故、そこから行くぞ」
「ま、また迷路、ですか~」
少しばかり項垂れるも他に選択肢が無いと見て
そのままサイゾウの意に従い細道へ入っていった
ちょうど忍達の視界を遮った後だったためか彼らは
完全にシン達の姿を見失ってしまった
「ぬっ!?いないだと?いったいどこへ...」
「まだ近くにいるはずだ!探せぇ!!」
「はぁっ!!」
忍達が散り散りになって探し始めると
ようやく静かになって安堵する二人だが
「…とはいえここもすぐに見つかるんじゃ」
「さて、どうでござろうな...この裏道は民が無断で作ってる道もあるゆえ...ここも把握してのはごくわずかにござろう」
「…は、ははっ…なんですかそれ、ほんと滅茶苦茶ですね...サクスも、あんた、も……………痛っ……!」
安堵ゆえか、笑った拍子にズキっとした
痛みとかすり傷であるが先程忍達が投げてきた
苦無がどうやら右足を掠ったらしく
じわじわと出血していたのだ
「…掠っていたのか」
「平気です。かすり傷なんで」
しかし、止血をしようにもシンのハチマキでは
長さが足りないため上手く巻けなかった
何か他に止血出来る布が無いか辺りを見回していると
スルッ…
「じっとしてろ」
「え、サイゾウさん?なんで」
「いいから」
いきなり指図してきたと思いきや
サイゾウは三つ編みを結って束ねていた
【赤いリボン】をなんの躊躇も無く
シンの右足の傷口に巻き付けた
彼の思いもよらぬ優しさにシンは
「あ、ありがとう…サイゾウさ…」
ギュッ!!!!
「痛っっったぁぁぁっ!!!!!!!!?ち、ちょ…な、何してくれるんですか~~!!」
「止血するのだからこれくらいしっかりと締めるのは当然でござる」
「いや、だからと言ってアンタ…そんなバカみたいに締め付けないでくださいよ…一瞬息が…止まりそうになったじゃないですか…」
「それだけ減らず口が叩けるのなら問題なかろう。それに、あの者らだけでなく、拙者に対しても啖呵切ってここまで着いてきたそなたがここで倒れられたら、拙者のこれまでの労力が無駄になるでござるからな」
「…!!」
それは、彼なりの配慮…なんだろうか?
いつもの素っ気ない態度とは裏腹に
口調はどこか優しさを微かに感じ取れた
そのせいかトゲのある言葉も全然嫌とは思わなかった
(……ほんと、わかんない人だなぁ…まぁ、根が悪い人じゃないから……いっか)
彼を真に理解出来るのはもう少し先になるだろう
…少しばかりの休憩ではあったが
息を整える分には申し分なかった
二人はそのまま迷路同然の細道を歩き出した
今のところ人の気配はなかった
何故ならサイゾウの言う通り道が多すぎるせいで
落とし穴に見える穴にも先に道があったり
裏倉庫となるものの中にも道が続いてたりと
いったい誰が何のためにここまで
面倒なものを作ったのか、今となっては誰もわからない
よほど把握してなければ迷子は確実
となるとサイゾウはどれだけ把握しているのか...?
だがその前に…
「...!」
「ん?どうしたんで...むぐ!」
「静かにせよ...妙な音がする」
「!!」
強引に口を塞がれたままシンはサイゾウと共に黙って耳を澄ませた
シュウゥウウウ...
(な、なんだこの音は...てかその前にこの臭いは?)
口を塞いだ手が離れるが
凄まじくツンとした刺激臭に耐えられず
自分で鼻を摘んだシン
気がつけば匂いは細道全体に蔓延していた
しかも、その匂いの正体は…
「毒ガスだ」
「どっ、毒ガス!?」
理解した二人は急いで出口をめざした
しかし、サイゾウが進む先々でガスが濃厚に撒かれ
出口なるものも行くにも下手に突き進む事は困難と見て渋々、別の出口を探し続けた
そうして幾度も毒ガスに耐えて
ようやく見つけた出口の先は...
「ぶはっ!...はぁはぁ...よ、ようやく出られ...」
「いたぞーーーー!!脱獄犯どもが現れたぞーーーっ!!」
「!?」
出られたと思って安心した矢先
今度は左右から一気に詰め寄ってきたのは
農具や護身用の剣などを携える民達であった...
「...嵌められたようでござるな」
「は、嵌められた?!...いったい誰に...っ」
「おぅ兄ちゃんたち!わりぃがこっちには生活があるんでな...大人しく捕まってもらうぞ!!」
「賞金首が二人...へへへ...がっつりいただくぜぇ」
欲望に呑まれながら血気盛んに迫り来る民達
だが彼らを相手に牙を向ければそれこそ真の罪人
この窮地、シンとサイゾウはどう乗り越える...?
(クビヲ......オトセ....コロ、セ)
【終】