第61話 気に食わない
文字数 5,059文字
「フルクトゥス海賊団…名前くらいは知ってんだろ?このクソ眼鏡野郎が…」
「こらこらジョー?いくら本当の事だからって本人を目の前にしてクソ呼ばわりは失礼よー?」
出会って早々から喧嘩腰の男、ジョーと冷静に微笑むリンドウ
予想出来なかった彼らの登場に訝しげな表情で睨むキョウ
一気に張り詰めていく空気にその場にいる誰もが息を呑んだ
「フルクトゥス…何が目的なのか知りませんが、我々の邪魔をするというのなら…誰であろうと容赦はしませんよ?」
「容赦だと?…ハッ!テメェこそ俺のリンクに何の用で手出してやがんだ…さっさと吐かねぇと…その青白い顔がグチャグチャになっちまうぞ?」
「チッ…品性の欠片もない野蛮な海賊風情が………行けっ」
キョウが合図の一言を発したと同時に
刺客が全員でジョーに迫ると
「どいつもこいつも…動きがトロいんだよっ…!」
ジョーがニヤリと笑みを浮かべた瞬間
手に持つ青龍刀が魔力を纏った
それと同時にジョーが振りかぶった攻撃が
前列にいた刺客二人の胸を掠った直後
真横から遅れて飛んできた水の鎖鎌が彼らの首を容赦なく跳ねた
「今のは…!!」
「フェイント?!」
近距離攻撃の青龍刀と飛び道具の水の鎖鎌
二つの武器を巧みに操るジョーの戦いは
獲物を狩ることに長けた獰猛で狡猾な獣を彷彿とさせた
残った後列の刺客は当たる寸前で逃げられたが
ジョーの予測不能な動きを見て、下手に動けなくなった
シン達も彼の戦いぶりを目の当たりにして愕然とした
「ほ、本当に容赦がありません…」
「これが…海賊の戦い…」
身震いするようなジョーの鬼気迫る横顔に
思わず見とれていると
「おい何ボサッとしてんだ!!さっさとリンクを連れて逃げるぞ!?」
「はっ?!」
「逃げるだと?…そうはさせぬぞっ」
刺客が再び動き出すと、ジョーの前に出たリンドウが
大鎌を豪快にぶん回して彼らの足を斬る勢いで食い止めた
「こっちこそ…そうはさせないわよ!!」
リンドウの妨害に思わず舌打ちしたキョウは
懐からナイフを取り出そうとした直後
ボンッ!ボンッ!と複数の煙幕が
シン達の姿を隠すように広がった
「小癪な………っ!」
さらに、煙幕から颯爽と飛び出してきたのは
ガキンッ!!!
「…!…お、お前は…!」
懐に隠していた小刀を持って接近してきたサイゾウ
惜しくもナイフでそれを受け止められるが
その瞳に宿すのは「怒り」ではなく…
「…フッ…商人になっても腕は鈍ってませんね、兄上」
「奴らの駒犬に成り下がった出来損ないがっ…誰に向かってそんな口を叩いてるん、だっ!!」
語尾を強くしながらサイゾウを押し返すキョウ
「本当に……お変わりないようで…」
「…!」
押し返された勢いのまま煙幕の中に消えたサイゾウ
その寸前に呟いた言葉に、悲哀の感情を含ませながら
「…」
しばらくすると煙幕が消え、シン達の姿は無くなっていた
キョウは残った刺客に探索を命じると
壮絶な光景を目の当たりにして気絶する母を抱えて
呆然と立ち尽くすソラに近づいた
「キョウさん…どうしてあそこまで…」
「私は、私のやるべきことをしてるだけだ…それよりも」
「…っ」
「まぁいい、今回の失態は特別に見逃してやる…だが、次はないぞ?ソラ」
ほんの数分の間に垣間見えた
キョウ=アルヴァリオという男の本性
目的の為なら手段は選ばない、味方が死んでも、動じない
相手が泣き叫んでも、命乞いをしても
一切耳を傾けず、徹底的に破滅へと追い込む
そんな彼の非情な戦いぶりに戦慄する傍ら、ソラは
(母さんっ…)
非力な少年は、泣きそうになる声を必死に押し殺した
ーーー
数分後、あの場から脱出したシン達だが、逃げることに夢中になり過ぎて、どうやら二手に分かれてしまった。シンの元にはリンクとミール、そしてジョー…いないのはサイゾウとリンドウのみ。人の気配が少ない場所に一旦隠れると、リンクが先の戦いで負傷したミールの応急処置を行った。傷は深くないが、派手に動き回ると傷口が広がる可能性があるため、脱出するまでの間、戦闘は極力避けるべきだと判断した
「申し訳ありませんシンさま…わたし」
「気にするなミール…どのみち今は逃げることが先決だ。だからそれまで、無茶はしないでくれよ」
「…はい、そう致します。シンさまもご無理はなさらず」
「あぁ」
方針が決まった一方、一人退屈そうに欠伸をするジョー
ピリピリとした緊迫感から掛け離れた彼の様子に
何とも癪に障るシンだが、助けてもらった事実に変わりはなかった
「あの、さっきは助けてくれて、ありがとうございます」
「あ?勘違いすんな。俺はテメェじゃなくて、リンクを助ける為にここに来ただけだ」
「…あたしを、助ける為に?」
ジョーの話によると、フルクトゥスにある人物からの依頼が届いた
その依頼主とはグレイの王女、メイリン。
依頼の詳細はジョー自身、全く理解してないが
彼女の「リンクを助けてやってほしい」という一言に
ジョーは心を突き動かされ、今に至る…
「メイリンさんが、そんなことを…」
「つーわけで、俺はとっととリンクを連れてここから脱出させる。テメェとそこのちっこいまんじゅうは着いてきたきゃ勝手に着いてこい」
「ま、まんじゅう…」
「…言いたい放題だな…」
呆れた言動にため息を零しつつ
シン達は大人しく、ジョーの後について行った
一方、サイゾウとリンドウは
「…気配は…ないみたいね」
「隠してる可能性もあると思うが?」
「あ、それもそうね……にしてもあなた、あれから元気そうで良かったわ」
「……治療、施したのはそなたとリンク殿にござったな」
「えぇ、あの子はとても優れた技術の持ち主だったわ。あの子みたいな純粋な子が………まさかこんな事に巻き込まれるなんてね」
リンドウは哀れみの表情を浮かべて語った
「…ところでリンドウ殿。先ほど申した依頼の話、もう少しお聞かせ願おうか?」
「!……んー…いいわ。歩きながら話しましょうか…ついでに、あの眼鏡の坊やと
どういう関係
なのか、聞かせてもらえないかしら?」その無邪気な一言にサイゾウは
「いや、前言撤回しよう。そういった件はいずれすぐに分かる事でござろうからな」
軽く息を吐いてすぐ
いつもの不敵な笑みで話を逸らし足を進めた
「やーん、いけずな坊やだことー!」
リンドウは引きつった笑顔で冗談めいた台詞を吐くが…
「…あの子、あの坊やと何を話してたのかしら…」
ーーー
歩き出してから数分、ひたすらに出口に向かう中
まだ本調子じゃないリンクの足取りが徐々に遅くなるのを見て
堪らずシンが手を差し伸べるが…
「す、すみません…でも、これ以上は…」
「遠慮なんかいらない。君が無事であることが一番大事なんだから」
「…っ」
元気づけるように笑みを浮かべるシン
少し躊躇いながらも差し出されたその大きな手に触れた瞬間
張り詰めた緊張から解放されるかのように安堵したリンク
そんな二人のやり取りをみて、ジョーは
「なぁお前…
「…!…何言ってるんですかっ…ふざけないでください!」
「なにムキになってんだよ。ちょっと聞いてみただけだろ?」
「聞いてみた…にしては、冗談が悪いですよ」
妙にピリピリとした空気が二人の間に流れた
リンクとミールも空気を察して声が出せないでいると
「じゃあ質問を変える。お前、なんでそいつを守ってんだ?」
「…決まってるだろ。ファクティスとキョウ=アルヴァリオ…アイツらに奪われないようにっ」
「なにクソみたいな言い訳してんだてめぇ」
「!?」
突然重々しくなったジョーの口調に
思わずドキッと心臓が跳ねるのを感じた
「い…言い訳だと?どういう意味ですか…」
「ンなもん決まってるだろ?」
と言ってジョーが強引にシンの胸ぐらを掴んだそのとき
「_____ 」
「………!!」
耳元で妖しく囁いてきた瞬間
全身鳥肌立つようなおぞましい恐怖を感じた
「アンタ…ほんとに何言って…!」
「なんだ図星か?てめぇも所詮は一人の男ってやつか」
「黙れっ…!」
今度は茶化したような口調でシンを挑発するジョー
そのいい加減な態度に怒りが込み上げてきたシンは
今度は自分からジョーの胸ぐらを掴み、一触即発となった
「あわわわシンさま落ち着いてください~!!」
「シンさんジョーさん!お、お願いです!ここで喧嘩なんてしないでくださ………っ!?」
パアァァァァ…
仲裁に入ろうとした直後
リンクの首飾りが、今までとは違う形で光を放った
それはまるで彼らに警告するかのように、点滅していた
「リンクさま…これはいったい」
「わ、わかりません…どうしてこんな…」
「もしかして、何かに、反応してるのか?」
「何なんだよ急に…その首飾りがなんだってんだよ?」
ジョーは首を傾げながらシン達に問いかける
シン達は初め躊躇したが、いまさら隠す理由もないと判断し伝えた
「この首飾りには…ドラゴンの力が…宿っているんです」
「は?…ドラゴン?なに寝ぼけたこと言って…」
「あたしも…最初は信じられませんでした…でも…本当の事なんです…サクスで起きた騒動以来…あたしはドラゴンを呼び出すことが出来るようになりました…魔法とは違う、とてつもない力なんです」
「サクス…それって確か、キャビラとジジイが話してた………!!…そうか…あのクソジジィめ…だからあの時黙ってやがったな……くそっ!!」
ジョーは急に何かを思い出しては
怒りを吐き捨てると同時に壁に強く八つ当たりしたと思いきや
いきなりリンクの腕を強引に掴んだのだ
「きゃっ!」
「ちょっとジョーさん!何を!?」
「うるせぇ!つべこべ言わずにとっととここから出るぞ!こんなクソったれで馬鹿げた話…俺は絶対許さねぇからな!!!」
「だ、だからって…急にリンクを引っ張る必要は……うわっ!!」
話の最中、いきなり荒々しい横殴りの突風が吹き荒れた
砂漠で覆われてるとは言え都市内でこれほど激しい風が吹き通る事は滅多にない筈…それをどうしてまたこんな事が起きてるのか分からないまま、シン達は必死に耐えるが…
「うわわわっ!!わぁぁぁ!」
「ミールさん!あぁっ!!」
「リンク!ミール!」
想像以上に風の勢いは凄まじく
リンクは吹き飛ばされそうになったミールを捕まえた拍子に
足を崩してしまった。それに気づいて咄嗟にシンはリンクの手を掴みながら、偶然掴める位置にあるブロック塀に手を掛けた
「っ…シ、シンさん!!」
「リンク!俺にしっかり掴まって!!」
「…は、はいっ!」
リンクはミールを抱えたままシンの掴む腕にしがみつくと、それをしっかりと包み込むように抱きしめながら数分間、必死に耐えていると…忙しなかった風が少しずつ止み、先程までの静けさを取り戻してゆく…
「…終わった……はぁ…」
「あ…シンさん、あの…手……大丈夫、ですかっ…」
「え?あぁうん…このくらいなんてことないよ」
「なぁにカッコつけてんだよガキが……ったく…ん、なんだここ?」
ジョーがふと目にした先には
先程シン達が掴まっていたブロック塀のその先にある
不気味な程に大きな扉が特徴的な建物だった
「こんな大きな建物…ありましたっけ?」
ガイアに来てまだそれほど街の中を把握してる訳ではないが
この裏街道は先日ソラと通ったばかりのはず…なのに今まで
見たこと無かったということは…ここはいったい
どの位置にある場所なのだろうか…?
そんな疑問の眼差しがすべてジョーに降りかかる
「なっ…てっめぇ、俺を疑ってんのか!?」
「じゃあこの状況をどう説明してくれるんですか?」
「知るかっ!!だいたいここが無駄にデケェから嫌でも迷うだろうが!!」
「なに堂々と開き直ってるんですかっ…ホントにアンタってやつは…!」
「あぁもう~おふたり共~!!いい加減お止めくださ…」
パァァァ…!!
「ひ、光が…!」
「さっきより強く反応してる…!これは…」
一時的に消えていたはずの光が
再び反応を示した
しかも、この大きな扉の目の前で
「もしや、この先に出口が?」
「建物の中に?そんなばかな…」
「だったら確かめればいいだろ?自分の目で」
「え、ジ、ジョーさん!何を…!」
他人の家という前提を無視して
強引に扉をこじ開けようとするジョー
しかし思いの外、扉は重く、一人で開けるには厳しいようだが、ここは男の意地とばかりに魔力を込めつつ、力づくで押すと扉はゆっくりと開いたそのとき
「!!」
外の風景から一線を画したような先の見えない深い下り階段…唸るような吹き抜けの風が気味の悪さをより強調していた
「た、建物の中に階段ですと…!?」
「ここは…いったい…」
この階段の先に何があるのか…?
そして、より一層激しく点滅する光は
彼らに
なにを
伝えようとしているのだろうか?【終】