第35話 水の都市ーアクアー
文字数 5,668文字
未だ深い眠りから覚めないリンクを
荷馬車に乗せて宮殿へ向かう中
寄り添うように彼女を見守るのはシンとミール、そして…
「宮殿に着きましたら、すぐに治療しましょう」
「え?あぁ…はい………あの」
「なにかしら?」
「えぇと…」
シンは緊張した面持ちでアクアールに問い掛ける
「恐れ入りますが…女王様が、なぜこちらの馬車に?」
「あら?いけませんでしたか?」
「いえ、そうではなく…女王様が乗る馬車が用意されてるにも関わらず…なぜ乗らずこちらにと、思い…まして…」
「それは勿論、リンクさんの容態が気になるから、ですわ♪」
「え?」
「はぁ…」
陽気な声でさらっと答えるアクアールと
隣で呆れたようにため息を吐く護衛のトルマリン
しかし、本心であることも薄々感じ取れるとあって
必要以上に疑う余地はなかった
「ところで、あなたはいつから彼女と知り合いに?」
「え?…えと、ついこの間…サクスで偶然会って」
「サクス…では、リンクさんの力と黒いドラゴンのことは」
「はい…彼女と会った直後、黒いドラゴンが街を襲いました。リンクの力については…ブレイネル山の一件で初めて知りましたが」
「偶然に偶然が重なって、今に至ると?」
「はい…ですので、俺は彼女のこと…全然、何も知らなくて…」
「それにしては、随分と親しい間柄のようでしたわね…あなた方」
「い、いえ、そんなことは…」
今度は自分に降り掛かってきた質問に
ドキドキしながらも正直に答えるシン
不思議そうに見つめてくるアクアールの視線が妙に痛い
そこへトルマリンが淡々とした口調で割って入ってきた
「あのシン殿…私からも一つ聞いてよろしいですか?」
「は、はいっ」
「率直な疑問ですが、あなたは、いったい何者なのですか?」
「!」
「トルマリンさん」
まさに単刀直入な問いかけに
アクアールも察したのか冷静な声で彼女を制止しようとするが
「大変申し訳ありません陛下、シン殿…ですがやはり、リンクさんを匿う以上、必要な事はハッキリとしておかなくては…今後我々の身にも何が起きることか」
「だからといって…そんな言いづらいことをここで言えと?」
「そうしないと、私以上に
あの子
が…」徐々に揉めるかのように話し合う二人に
シンは慌てて仲裁に入った
「お、俺はっ…!旅をしていた者です!自分が何者であるかを知る為に…!」
「え!!」
それを聞いてアクアール達は同時にこちらを向いて驚いた
シンは自分も周りも落ち着かせるため、深呼吸してから
自身のいきさつについて、分かる範囲まで答えた
もちろん、ミールとの関係も含めて
「…そんな…ことが、あるなんて」
「信じていただけるとは思ってません。俺自身も信じ難いことだから…何が本当で、何が嘘なのか」
「あのサイゾウという青年と手を組んだ理由は?」
「…一緒に記憶探しすることを条件として、あの人の仕事に協力してるだけです」
「本当ですか?」
「…」
トルマリンは疑いの目でさらに問いかけようとすると
「もうそのくらいにしましょう。トルマリンさん」
「陛下」
「仮に嘘だとしても、今の
「…承知しました」
アクアールが彼女にそう告げて話を終えると
今度はシンに向けて謝罪する
「失礼しました…私の部下が出過ぎたマネを」
「いえ、とんでもありません女王様…俺の方こそ…疑われるような行動を取ってしまって…申し訳ございませんでした…!」
「いいえシンさん。あなたが謝る必要は…」
「ですがっ…!」
こちらに非があると言ってるにも関わらず
自分の方に非があるとして、必死に頭を下げて
謝罪するシンに対してアクアールは
「…
「女王様」
「…」
「あの、女王様…」
「あなたとリンクさんには、話すべきなのかもしれませんね…」
「え…」
優しくも切なそうな目でシンを見つめるアクアール
その瞳の奥に秘める真意とは
ーーー
ー アクアール宮殿 裏庭 ー
「
アイオラ
様ー!」「……ん?どうしたのだ」
「はぁはぁ…陛下が、予定の時刻より早く、到着されるとのことで…」
「な、なにぃ!?」
土埃に塗れた少女は
侍女の話を聞いて一目散にどこかへ走り去った
ーー
数十分後…宮殿に辿り着いたシン達一行
門前で馬車を降りるが、宮殿の瑞々しい美しさと壮麗さが
しっかりと見えて圧巻であった
アンやミールが口をぽかんと開けて宮殿を見つめる傍ら
シン達は荷物をまとめ、リンクを担架に乗せて準備を整えていると
「お帰りなさいませ、女王陛下」
「執事。ただいま戻りましたわ、留守中ご苦労様でした」
出迎えてくれたのはアクアールの執事と
それに続いて一礼する侍女達
「陛下のご命令通り、寝室を用意し医師も手配致しました」
「ありがとう。では…さっそく彼女を寝室に寝かせ、彼らを手厚くもてなして頂戴」
「かしこまりました。では皆様、こちらへ」
執事の案内の元、歩き出そうとした直後
「陛下ーーっ!!!」
遠くから無邪気な少女の声が聞こえた
「お帰りなさいませ陛下!お怪我などはありませんでしたか!?」
「えぇ、ただいま戻りましたわアイオラさん」
華奢な容姿とピンク色の大きなリボンで水色の髪を束ねる
少女の名はアイオラ。彼女はトルマリンと同じ護衛の戦士として
アクアールを心から慕い傍に仕えている。
「宮殿で変わったことはありませんでしたか?」
「はい!問題ありません!陛下が留守の間はこの私アイオラがしかとお守り致しましたので!」
「そう、では育てた野菜も無事収穫出来たみたいね」
「はい!それはもちろん…って、陛下…なぜそれをご存……っ!」
アイオラは喋ってる途中で
先程畑で野菜を収穫したり、耕したりして
土埃に塗れてしまった自身の服を確認した瞬間
恥ずかしさと申し訳なさのあまり
茹でたこのように顔を真っ赤にしてしまう
「ああっ!も、申し訳ございません陛下!私ったらこんな格好のまま…!」
「構いません。むしろその方が実にあなたらしいですよ」
「へ?!も、もう陛下!また意地の悪いことを仰って…!」
段々気さくに話す二人の空気に置いてけぼりを食らうシン達だが
「…!……陛下、失礼ですが……その者らは?」
不意にアイオラがシン達の存在に気づいて
アクアールに問い掛ける
「えぇ、彼らが手紙で報せた方達ですよ」
「彼ら…って……お、男?!男がいるじゃないですか!!しかも!二人も?!!!!」
キーンと耳を劈くような大きな声と
凄まじい勢いで驚くアイオラの
リアクションにシン達が戸惑っていると
「ト、トルマリン先輩!!なぜあなたが共にいながらこんな事になったのです!!?」
「……そう言うと思って私も陛下に色々と申し上げたが…」
曖昧な返事のトルマリンにアイオラは苛立ちを募らせる
「心配しないでアイオラさん。彼らは決して私達に危害を加えたりは致しません…むしろ、そういう約束も兼ねて来て頂いたのよ?」
「で、ですが…」
「ん?」
「うっ…………承知、しました」
頭では理解するも心はまだ納得していない様子のアイオラは
シン達を警戒するあまり眉間に皺を寄せて露骨に睨みつけてきた
「視線が痛い…」
「よほど警戒なさってるのですね、他所から来たわたし達を」
「警戒というより、単に毛嫌ってるだけじゃないの?」
「お前達、さっきから何をブツブツ言ってるのだ!」
シン達が小声で話し合ってる姿を見て
いきなり大きな声で指摘してきたアイオラ
慌ててなんでもないと答えるが、それは彼女の猜疑心を
ますます助長させるだけだった
「そこのお前」
「は、はい?」
苛立って我慢し切れなくなったアイオラが
最も近い距離にいるシンの前に立ちはだかると
「…もし陛下に手を出したら、その首叩き切ってやるからなっ」
「!」
「急ぎ荷物と患者を宮殿に移せ!!」
「ははっ!」
ほぼシンにしか聞こえない声量でそう告げたアイオラは
兵や救護班と共に荷物運びの仕事に移っていった
「シンさま、大丈夫ですか?」
「え、あぁ…大丈夫だ」
「まーた厄介そうな子に目を付けられたわねシンくん」
「どうかな」
「無駄話はそれくらいにするでござるよ」
単なる猜疑心で
あんな宣戦布告のような事が言えるのか?
いや、そうではない
シンは少なからず理解していた
彼女はただ、女王への厚い忠誠心が故に言ったことなのだと
(女王様って、本当にすごい人なんだな…)
そんな気難しそうな彼女と、隣で仕える冷静沈着なトルマリン。そして、同じ王族同士であるからこそ理解し合える友、メイリン。彼女達を心から受け入れる女王アクアールの人格者としての器を改めて痛感するシンであった
「…!…陛下!患者の様子が!」
「え!」
救護班がリンクの異変に気づくと
シン達は早歩きで彼女に近寄った
「どうしましたの?」
「はい陛下、先程この娘の手が一瞬だけ動いたのを確認して…」
「リンク…!!」
「リンクさま!」
意識が、戻ってきたというのか?
そう信じてシンはその後何度もリンクに呼び掛けた
すると…
「ん、んん…」
「リンク?」
シンの切実な声に反応したようにリンクは
ゆっくりと覚醒していく
「…シ……さん…」
「リンク!俺が分かるか?リンク!!」
「シン…さ……シン、さん?」
リンクがシンの声が聞こえる方に顔を向けた
「リンク…!」
「シンさん…あ、れ…あたし…今まで、何を…」
「リンクさま!良かった!気が付かれたのですね!」
「ミールさん…」
「おかえりリンちゃん!」
「無事で何よりでござる」
「…アンちゃん…サイゾウさん…みんな…っ…!」
シン達の顔を見渡した瞬間
リンクは意識を失う直前まで見た
あの日の出来事を全てを思い出した
ルーファとモンスターが屋敷を襲い
自分も不覚にも捕まり、シン達が自分を助けようと
必死に戦ってくれた、あの日のことを…
「みんな、みんな…無事だったの、ですね?」
「リンク……あぁ、みんな無事だ…!メイリンさんもシャオルさんも、女王様も…みんな…もう大丈夫だ!」
「…っ」
ポロッ…
「リンクさま…!」
「リンちゃん、泣いてるの?」
「ご、ごめん、なさい…でも、良かった…みんな、無事で、本当に…良かった…よかったっ…うぅ…」
「リンク…」
自分がこんなに傷付いてもなお、自分のことより
他人のことばかり心配して、他人のために涙を流すリンク
そんな彼女の姿を見て、シンの心に初めて感じるあたたかい何かが流れ込んできた…
単なる優しさ?それとも、愛おしさ?
内心戸惑いながらもシンは彼女を安心させるように微笑んだ
「お目覚めになって何よりですわリンクさん…さぁ皆さん、急いで彼女を中に運んでください」
「ははっ!」
「トルマリンさんもアイオラさんも、よろしいですわね?」
「承知しました、アイオラ…行くわよ」
「へ?え、ちょ…先輩っどこへ…はわぁ~!!陛下~!!」
救護班らがアクアールの指示に従い持ち場に戻って作業を再開し
アイオラはトルマリンに首根っこ掴まれながら共に宮殿へと入っていった
「度々ご迷惑おかけして、ごめんなさいね」
「いえ…リンクの意識が戻ったんです、それだけで十分です」
「あなた…もしかしてリンクさんのこと…」
「え?」
「いいえ、なんでもありませんわ……うふふ」
なんだか妙に嬉しそうに微笑んで宮殿へ向かうアクアール
シン以外は彼女の言葉を察してかニヤニヤとほくそ笑む
肝心の本人は何一つ理解出来ないまま
ーーー
ーアクアール宮殿 寝室 ー
一時間後、執事が呼び寄せた医師がリンクを診察する
「先生、いかがでしょうか?」
「えぇ、見たところ…これといった異常はありません…ただ、この数日眠っていたとあって体力がかなり落ちています。栄養補給と軽い運動などして少しずつリハビリしてください。そうすればじきに回復することでしょう」
「そう、よかったわ…ありがとう、ヴォルトス先生」
医師のヴォルトスの話を聞いてアクアールとシン達は安堵した
「先生、本当にありがとうございます!」
「いいえ、お礼だなんてとんでもない…私はただ患者を診ただけに過ぎませんから」
「あなたのおかげで私だけでなくアクアの民が皆、あなたに救われているのよ?本当に感謝しますわ、ヴォルトス先生」
「勿体なきお言葉、感謝致します…女王陛下」
深々と一礼したヴォルトスが荷物を片付け
その場を離れようとした直後
「先生…!」
リンクが病み上がりの体を起こしヴォルトスを呼び止めた
「なんでしょう」
「あ、あの、本当に…ありがとうございますっ…それから、こんな形で、先生にお会いすることが出来て…感激です…」
「リンク?それってどういう…」
「ヴォルトス先生はもう三十年以上、このアクアだけでなく、他の都市の人々の怪我や病を診て助けてくださる名医なのです」
「はい。あたし達医学生にとっても、先生は…神様のようなお人なんです」
「この人が…」
二人の熱意のこもった話にシンは思わず感心してしまう
「いやはや、この私が神など…お恥ずかしい限りです。ですが、私を糧に医師となって、人を慈しみ、手助けする者が増えるのであれば本望です」
「…」
「では、失礼します」
ヴォルトスが静かに部屋を立ち去ると
アクアールがシン達に向くように腰を掛け直した
「さて、ここからは話が長くなりますので、皆さん…そこにある椅子をお使いください」
アクアールに指示され、近くにあった椅子にシン達は腰掛けた
「まずはリンクさんの意識が目覚めたこと、お祝い申し上げます。そして…リンクさんを命懸けで守ろうとする皆さんを信じて、私から一つ真実をお話致します」
「…!」
アクアールは真剣な眼差しでそう告げた
「女王様…」
「私の願いはただひとつ。この
この身を賭して…彼女の口から発した重い一言
その一言に込められた願いはシンプルなようでとても複雑
きっと皆、同じなんだ…
アクアールも、メイリンも、そして………サイゾウも…
「…分かりました」
「ではまず、ここからお話しましょう。三年前の春、ここである方の戴冠式が
行われる前
の出来事から…」アクアで起きた悲劇
それは憎悪と嫉妬によって始まった
【終】