第4話 疑惑
文字数 6,441文字
城内ではここ数日、人の出入りが激しかった...
今回のドラゴン襲撃でサクスは街を壊され
都市としての名誉を傷つけられ、挙句の果てには
セブンズシティの根幹を揺るがすかもしれない
危機に陥っていった…なぜなら
「罪人を直ちに牢へ入れろ!!そして、まだ捕まっていない疑わしき者も絶対に!この領内で必ず一人残らず捕まえろ!!よいなっ?!」
「ははぁっ!!」
今の彼らには故郷の危機以外
何一つ耳に入る余裕はなかった
そんな時…
「ほぉ、精が出ておりますねぇ」
そこに現れたのは不気味な笑みで独特の厚い礼服を纏った紳士の男とその付き人とされる金色の髪と異なる瞳の色を持つ少年と少女二人と数人の護衛兵であった
「これはエル様!...今回の件につきましては誠に恐悦至極に存じます!!あなた様の援助が無ければ、我々は今頃…」
「いえいえ何を仰るのです...むしろ、我々にいつも協力して頂いて貰っている故、こうして少しでも恩返しをしてるに過ぎませんよ?ところで、今回の事ですが、皆さん誠に心中お察しします…まさか、
あのようなこと
になるとは………」穏やかに微笑む紳士と
血気盛んな兵士達のやりとりを
彼らの視界から遠い場所で
薄紫色の長髪を靡かせる青年と
付き人らしき者達が静かにそれを見つめていた
「セシア様…」
「...」
【第4話】
ー サクス 森林地帯 ー
深い森の中で聞こえてくるのは
凪ぎ払われる剣、舞い散る草木
ひしめき合う鍔迫り合い
シンは突如現れた刺客達に囲まれたまま
彼らの統率者たる者との勝負を延々と続けていた
そして、二人はぶつかり合う反動で距離を置くと
互いに乱れた息を整えた
(はぁ…はぁ...強いっ...俺が見たそこいらの盗賊とは...全然桁違いのやつだ…!こんなとんでもねぇ奴が…この地にいたなんて…くそっ…!)
感心すると同時にシンは非常に焦っていた
先程の違和感とは裏腹に、己の想像を越えた強者と
命懸けで対峙していることと、戦いがいつまで経っても終わらないという思いが複雑に絡んでいた
出来ることなら…こんな張り合いのある戦い
今ではなくもっと別の機会であってほしかったと
心の片隅で切に感じていた
「…そなた、若いなりにもここまで抵抗し続けるとは…実に恐れ入った」
「!!…はっ…そりゃどうも…けど、今はあんたらに捕まるわけにも、これ以上付き合うわけにもいかないんだ...いい加減…!カタをつけさせてもらうぞ…!!」
シンの瞳から強く揺るぎない意思が
秘められていることを統率者はすぐに理解し微笑んだ
「............ふふ、実に威勢のよい男だ」
バッ!!
「っ!?」
ガキィイイイン!!!!
先ほどまでの剣捌きは何だったのか?
と、言わんばかりに統率者は
一瞬にしてシンの懐まで達し
防御する剣ごと力押しで追い詰めていった
この凄まじい腕力を押し返せない状態のシンは
いつしか自身の剣で喉元を当てる寸前となってしまう
「どうした?もう終いか?」
「...ん、だとっ…!」
攻撃も態度もまるで別の誰かと
入れ替わったかのように
変貌した統率者に対してシンは
(こ、こいつ…!まさか、今までずっと手加減してたってのか!?…俺を捕まえる前に、こんな時間たっぷり使っておちょくって…バカにして……くっ…そぉ…ちくしょうっ…ふさげやがって…ふざけやがって…!!)
彼のあからさまな挑発行為に
焦っていた心が次第に激しい怒りへと変わっていった
それはもちろん彼に対する怒りだけでなく
自分自身がこんな奴に劣ってるという不本意だが
紛れもない事実への怒りも混じって込み上げると…
「ふざけんじゃ…ねぇぞっ…こ、の、クソ野郎がぁっ!!!」
隙を見て離した片手を瞬時に太腿に装備されたもう一振りの剣を勢いよく抜刀し反撃するが惜しくも
統率者はそれを紙一重で避けた
幸い、その流れで再び距離が開き
形勢はなんとかふりだしに戻せたが
シンの苛立ちはとてつもなく最高潮にまで達する
「全く、はじめからそうすれば良いものを...」
「うるせぇ…」
「ん?」
「てめぇなんか、最初から手加減して、人の事散々コケにして、何の関係もない人達に手を出すようなマネをする、卑怯者で、クソったれで、どうしようもねぇあんたらなんかに、本気だのなんだのとっ…言われる筋合いは!!ねぇんだよぉ!!!このすかし野郎がぁぁぁ!!」
募る思いを吼えるように叫んだシン
その今までにない圧倒的な闘志を前に
周囲は思わず戦く中、統率者は…
「…どうやら、威勢だけの男ではない、ということか…
まぁ…そうでなければ、俺の【...】である価値もないな」
「は?今、なんて...!!」
どこか笑みを浮かべながら
極々小さな声で何かを呟いた瞬間
統率者の飄々としていた雰囲気が
シンと同等以上の強い闘志を秘める
まさに戦士として、ガラリと変わった
(ほんと…訳わかんねぇ人だな…けど…)
最初は唐突で驚いたが、察しはすぐについた
(アンタが本気だろうがそうじゃなかろうが、俺には関係ない…俺はただ、全力で、アンタら全員を倒す!!それだけだ!!)
剣を携え、一歩一歩とじりじりと間合いを詰める
沈黙で張り詰めた空気の中、静かに息を呑んだその時、二人は雄叫びと共に突撃した
「はああああああああああああああああ!!!!!」
だが…
トスッ!!
「なっ...ぁ..っ!!?」
「!?」
それは思わぬ油断であった
背後にいる一人の忍が隠し持っていた【痺れ薬を仕込んだ吹き矢】でシンの背に命中させた
さらにその吹き矢には痺れだけでなく
高い即効性と複合効果となっている
眠気と目眩を起こしてシンの体を瞬く間に支配する
「...なんだ、よ...これ....く、くそ.....っ」
そのまま倒れこんだシンはろくに動けなくなり
最終的には眠りについてしまうのだった
これにより安堵した様子で寄って集る彼の部下達とは正反対に拍子抜けしてしまった統率者は
「……援護しろ、などと申した覚えはないのだが?」
「【サイゾウ】殿、我ら【忍】は罪人を捕まえるという頭領が我らに課したお役目がございます…そういつまでも、こんな若造一人とくだらぬ戦に興じるのは時間の無駄、故に…」
「承知した、連れてゆけ」
「御意」
部下二人掛かりでシンを抱えると
そのまま駆け足で城へ急ぎ
残りの部下達は未だ捕まってない罪人の捜索を再開した
そして、一人取り残されたサイゾウと呼ばれる男は
彼らに戦いを妨害され興醒めしたような溜め息を吐くと
「…ふふ....能書き垂らすことしか知らぬ無知共が...」
爪を隠す烏は次なる目的に瞳を輝かせる
ーーー
ー サクス城 城門前 ー
城門前には未だに拘束から反抗する者が多く、手を焼いていた兵士達は幾度か強引に気絶させるなり眠らせるなどして彼らを次々と牢屋に放り込んでいく傍ら、つい先程まで兵士達と穏やかに話していたはずの男が何故か僅かながら険しい表情で腕組みながらじっと立ち尽くしていた
まるで、
誰かの到着を待っている
かのように...すると一人の兵士が…男の元へ急ぎ足で接近してきた
「エル様、例の者…ようやく見つけ出しました!」
「おおよくやりました、褒美は後ほどに…して、彼女はどちらに?」
「はい、こちら、なのですが....」
荷車の中に人一人が入る大きさの包みを
開けると、なんと中には
診療館で眠っていたはずの少女
【リンク】の姿が……
しかし、彼女の凄惨な姿を目の当たりした男は
表情に変化は無いが、声色は抑え切れない憤りのあまり
恐ろしい低音で発せられた
「…なにゆえ、こんな状態に?」
「そ、それがその…先日の、ドラゴンの襲撃にて、彼女もま、巻き込まれたらしく...ずっと山の方にある診療館で、治療をしていた、そうです…」
兵士はガタガタと体を震わせながらも
必死にありのままの状況を報告した
「そう、ですか…わかりました、ではこちらで再治療しなくては…さぁ皆さん、今はどの病室も満室ですゆえ、このまま客人館の方まで運んでください、直ちに」
「ははぁっ!!」
傍にいた衛兵達がリンクを乗せた荷車ごと
迅速に客人館の方へ運んでいくのを
エルと呼ばれる男は姿が見えなくなるまで見届けると
「今死なれては困りますよ、
リンク=アソワール
さん」ーーー
ー サクス城 拷問場 ー
バチンッ!!!!
「がぁっ!!.....ぅ....っぐ...ぁあ!!」
牢屋に運ばれて数時間後のこと
身体中に浴びせられる鞭の嵐と
目隠ししてるせいで一層
狂うほどに耳を劈く罪人たちの
苦しみ、呻き、叫び、咽び、痛みが響いてくる
兵士たちの容赦ない尋問と称した拷問に
もがきながらも悲痛に喘ぐしかなかった。
シンもまた然り...上半身裸にされ両手両足を拘束され
なすがままに受け続けるうちに胸も背中もそこかしこ
出血し滲んでいる…
あまりにも過酷過ぎる仕打ちに気絶しかけるも、用意された大量の水で乱暴にぶっかけたり、溺死寸前まで水入りの箱に顔面を捩じ込み、再び鞭を浴びせるといった事を何度も何度も繰り返される地獄が続いた
「ふんっ!そろそろ吐いたらどうなんだ?...ドラゴンの主、実はてめぇなんだろ?素直に言えば楽になるものを…」
「げほっげほっ...っ...ぐぅ...かっ仮に…ほん、とのことを、いったとしても、てめぇ…ら、やめる気なんて...さらさら…ないだろうがっ…このくそ野郎が!!!」
「ふ、ふふふ…」
「うぁっっ!?!」
じわりじわりと近寄った途端
大きな手がシンの前髪を頭部ごと乱暴に掴み上げた。
「強情なガキだな...せっかくチャンスを与えてやろうっつってんのに、それを無下にするたぁ…つくづく哀れな小僧だ、なぁぁっ!!!」
「がぁあぁっ!!」
腹部のど真ん中に強烈な膝蹴りが入った
「がはっ...ぁ...っ」
「まぁ確かにてめぇの言う通りかもしれねぇな小僧…何せ俺たちはあくまでもこの都市に沸く害虫を炙り出し痛めつけるためだけにここにいる、仮に本物だとしても偽物だとしても、てめぇらのような余所者はどのみち罪人であることに変わりはない…当然、女だろうと、ガキだろうと…なぁ?」
「!?...ふ、ふざけてんじゃ...ねぇぞっ、このっ...ゲスがぁっ!!…ゔぁ゙っ!!!」
不条理に腐り果てる彼らのやり方に
どうしようもないほどの怒りが込み上げる中でも
抵抗する術もなく責め立てられていくシン
その思考も、次第に時が過ぎ去る事だけで
頭が一杯になるのであった
それから、さらに数時間後…
なんとか拷問に耐え切ることは出来たが
終わる頃には手も足もろくに
動かせない状態となってしまったシン
放り込まれた静かな牢内で安堵すると
意識が徐々に薄れゆくと同時に
ある不思議な何かを感じていた
(終わった、のか...だめ、だな…今、は…なにも、感じないや...でも...この感、覚...前にも、どこ..か.......で..)
ーーー
(あ………また......あの香り...)
ぼんやりとしたまま瞼を開くと颯爽とした青空が広がり寝転ぶ大地にはまたあの白い花が咲き誇っていた
(ほんと、きれいだな...夢だっていうのに、こんなに心地良いなんて…なんで…なんだろうな……ん?)
ふと遠くから小さな足音が聞こえた
姿も次第に大きくなり近づくと、そこには以前にも見た白頭巾を覆う者が仰向けになっているシンを上から見つめていた
(君は…あのときの…教えてくれ、君はいったい…どこから.....っ!)
顔が隠れるほどに覆い被さる白頭巾の隙間から
何故かポタッと【涙】のようなものが
シンの頬に一つ二つ、とこぼれた
後光のせいなのか顔が近いというのに全く見えない
だがその涙がひどく熱く、悲しみで流れている事に
シンは痛いほど伝わっているが、案の定、先程の拷問で身体は夢であろうとまともに動かなかった...悔しいが、今の彼にはその子が流す涙を受け入れることしか出来なかった
(どうして、どうして、君が泣いてるんだ…俺が、こんなだから、慰めてくれてるのか?…それとも、俺が情けないせいで、泣いてるのか?…いや、どっちでも構わない…多分今の俺は、君に迷惑をかけてる事だけは理解した、けど、一つでもいい、何か、俺に何かひとつ、教えてくれないか?俺は…これからどうすればいいんだ?どうすれば…この地獄を抜け出す事が出来るんだ?頼む…頼む…!!)
結局、シンの切実な願いは届かぬまま
夢の空間は花と共に散りゆくのだった
ーーー
「き..きさまっ...な.っ..がぁっ.....!!」
意識が戻ると、遠くでざわついた声と倒れるような物騒な物音が複数聞こえたシンは必死に体を起こし、目線を声のする方へ...しかし意識を失う寸前の時は灯っていたはずのろうそくが全て消えてるため何も見えない真っ暗闇の状態…不審に思いつつなんとか状況把握をしようと鉄格子から慎重に周囲を覗こうしたそのとき...
「ぅわぁっ!!?」
暗闇と鉄格子の隙間からいきなり突き出された刀を
なんとか間一髪で避けることができたシンであるが
当然ながらいきなり現れた刃物を避けた拍子で
転倒した上に心臓が痛いくらいにバクバクと脈打った
すると暗闇から微かな笑い声が
「ふふ、目も動きも全く死んではいないようでござるな?」
「あ、あんた!いきなりなにを…ってその声は確か...」
ガチャン...
いきなり鉄格子が開いたと思いきや
手持ち用の小さな灯籠が辺りを照らすと
そこには先日、シンと対峙した統率者らしき人物が
シンと同じ目線となるよう膝を落とし
顔を覆っていた黒布を外すと…
「…えっ?」
あの戦いで見たガッチリと男らしい体格と
赤紫色のギラギラとした鋭い瞳の印象とは裏腹に
顔立ちは女性と見まごうほど端正で
深緑色の美しい長髪を三つ編みひとつで纏められている
というとんでもないギャップの差にシンは呆然とする
「え、ほ、本当に、アンタが、あの時俺と戦った刺客の…?ど、どうして..こんなところに....っておいっ...!?」
「しっ…黙っていろ」
小さな声で窘めながらシンの両手両足に繋がれた拘束具を容易に外した、敵であったはずの彼の行動にシンはずっと戸惑うばかりだ
「さて…話はここを出てからにしよう...でなければ衛兵どもがもうすぐここへやってくるでござるからな」
「出てくってどうやって...ぅお!?」
渡されたのは水と衣服と双剣...所持金などといった荷物は拷問前に徴収され行方知れずになったという。
「そなたのようなしぶとい者であればこれだけで十分【脱獄】は可能にござるよ」
「な、なるほどだつご、く…脱獄!!?ちちちちょっとアンタ!さっきは敵だったり今は助けてくれたりと、一体全体、アンタは何が目的で…いやそもそも、アンタはいったい誰なんだよ!!」
「はぁ…騒がしい男でござるな…拙者の名は【サイゾウ】…ほら、とにかく行くぞ」
「え、そ、そんなあっさりと…って..ちょっと待っ...…痛っ... お、おい....!!!」
こうして混乱し続けるシンを引っ張るような形で
救出した謎の男、サイゾウ
どう見ても片方は満身創痍な上に
戦力も兵力も圧倒的不利なこの状況を
承知の筈の彼が、今回の脱獄を計った真意とは...?
【終】