第67話 継承
文字数 4,710文字
驚きを通り越して呆然とするシン
怒涛の如く起きた予想外の展開で
かなり疲弊したのか、息を荒くするエメラル
会話もなく沈黙していると、シンの脳裏には
様々な疑問が浮かび出す
(…どうしてだ?リンク達に当てるつもりなら、街に攻撃だなんて…わざとか?それとも、撃つ方向を間違えた?いや、それにしてはあの威力……ん?)
突然メビウスが、黒煙が上がる建物付近へと飛んで行った
(リンク?いったい何しに…)
距離が遠いせいでメビウスが着地した後何かモゾモゾと動いてる姿しか見えなかった。おそらく、あそこには誰かがいた。
(もしかして…)
少しするとメビウスは建物から離れるように飛び立ち
瞬く間にリュクシオンの前に立ちはだかった、すると
「シンさまー!!!」
「この声は、ミールっ………!!」
目を凝らして見るとメビウスの背中には
ボロボロの姿でそっと顔を出す、ケイの姿が見えた
「ケイさん…ケイさん!!無事だったんだな…!?」
痛みに耐えながら笑みを浮かべるケイにシンは深く安堵した
どうやらエメラルが狙ったのは、建物にいたケイであったが
彼女は運良く攻撃が当たらなかったことで命拾いした
だけど…やはり疑問が残った
あの時、ケイを見つけたエメラルは直ぐに殺しに掛かった
…というのは、シンにとってあまりにも不自然な行動として映った
なぜなら、今目の前に立ちはだかっていたのは
自分とメビウスのはず…なのにわざわざ彼女を見つけて
いきなり攻撃するなんて、戦いへの集中力が無さすぎる
今まで眼前の敵一人一人に殺意を向けてきた
彼女の行動からは、信じられないものだった
なら、その先にあるもうひとつの答えは
(エメラルさん、あんた…
助けた
んじゃないのか?…オルティナから、ケイさんを…)自分の記憶が正しければ、ケイはオルティナと戦っていたはず
だけどその肝心のオルティナの姿がどこにもない
おそらく、彼女はあの魔弾で吹き飛ばされたのかもしれない
そうでなければ、オルティナがおらず
ケイだけが生き残るなんてことは
(…貴様
も
勘違いスルナ)(…!!)
(ワタシは、アノオンナガ憎イッ…コロシタイナイホドニナ…)
(エメラルさん…)
(ダガ、タダコロスダケじゃ…つまらない。オマエタチには、単純ナ死デハナク、ヨリ残酷ナ死を、アタエテヤル…!絶望の果てマデ!叩きツブシテヤル!!)
もはや、強がりのようにも聞こえるエメラルの言葉に
シンは確信した。彼女の心はゆっくりでありながらも
確実に動き始めている。
希望を抱くには甘すぎるのかもしれないが
かと言って、絶望する必要なんて……ない
「は、ははっ…あははっ…上等だよ、エメラルさん…俺達は、決して諦めないっ!ファクティスを倒すまで、アンタをアクアに送り届けるまで、俺達は何度でも足掻いて、足掻いて、足掻き続けてやる…!アンタがうんざりするほどにな…!覚悟しろよっ!」
シンは満面の笑みと
堂々とした口調で、エメラルに宣戦布告した
彼の言葉に思わず面食らうが
どこか嬉しそうにフッ…と笑うと
(なら…セイゼイアガクトイイ、小僧……いや……シン)
(!…今、俺の名前っ…)
(ジャアネ)
「え、ちょ…う、うわぁぁぁっ!!?」
エメラルが颯爽に上空へ飛び出すと
シンは抵抗する間もなく振り落とされた
(シンさん…!!)
落下していくシンを見て、メビウスはすぐに向かうと
無事にシンを地上に落とすことなくキャッチすることが出来た
「いっ……てぇぇ…」
(シンさん!大丈夫ですか?!)
「あ、あぁうん…なんとか、ありがとうリンク…助かったよ」
(……よかった)
「ん、あれ?ミールは……」
「シ、シンさばぁ……お、お”も”い”…でふ」
「あ!ご、ごめん!ミール…!」
着地した際、シンに全身で押し潰される形で
彼の下敷きになったミール
そんなふたりを見て、クスリと笑うのは
「まったく、騒がしいったりゃありゃしないわね、あなた達は…ふ、ふふっ…」
呆れたような言葉を口にしつつも
安堵のあまり笑を零すケイに、シンは…
「ケイさん、あの…俺……」
「詳しい話なら後でゆっくり話し合いましょ。それに…あなたが謝る必要なんてない…みんな無事でいてくれた…それだけで充分よ」
「ケイさん…」
本当は今度こそエメラルを説得させて一緒にアクアへ帰ろうと決意していたが、今回もまた先送りになってしまった
残念な結果となったが、ケイはそれを全て悪い方には捉えておらず、むしろもっと前向きな気持ちになったかのようにシンを慰めた
「さ、急いでここを出るわよ…長居なんてしてたらまた追手が現れるかもしれないからね」
「そう、ですね。サイゾウさん達もきっと合流地点で待ってるはずだ……行こう!」
(はい!)
翼を広げ、風に乗るように加速するメビウス
空からガイアの街を眺めると、案の定
戦いの傷痕が生々しく残ってしまい、シン達はひどく胸が痛んだ
しかし、ここで出会ったガーナック夫妻、敵味方に別れてしまった友達のソラ、執拗なまでにリンクを付け狙うキョウ=アルヴァリオとオルティナ…そしてエメラル、ここで出会った人々との間で起きた様々な出来事がまたひとつ、心に刻まれた
するとそこへ…
「あれ?あそこにいるのは………え!王様っ…!?」
真正面に見える大きな正門の屋根に、ロックが仁王立ちしつつ
ガイアの紋章を写した大きな旗を軽々と振り回していた
隣にはデイジーがおり、その周囲には複数の兵士が自分達に向けて大きく手を振り、見送ってくれたのだ
「王様っ…みんな…」
(シン…お前さんは、俺達の希望だ…自分らしく、気張っていけよ!!)
ロックはニカッとした笑顔で彼らの背中を見送ると
「…ったく、アンタって人は普通に見送りゃいいのに、旗なんてわざわざ用意して…ほんと、最高ね…!」
「ったりめぇだデイジー!あいつらはあいつらなりのやり方で戦ってるってのに、俺らが情けねぇ面してちゃ世話ないだろ?」
今回の騒動だけでなく、御伽噺でしかなかったドラゴン同士の戦いを間近で見せつけられてロックは改めて理解した、ナッド=モルダバイトの意地に隠された真意を……
(ナッド…お前は、お前達は、こんな途方もねぇ戦いに足を踏み入れたんだな。思えば、お前だけじゃなくマクシィも、イリーナも…いつもそうだったな。王ですら手が出せない現実を、過酷な運命を…責任を…お前達は人知れず背負って、抗って、もがき続けてきた…そして今は…マクシィ……お前の息子シンが、お前と同じように運命に抗い続けている……情けねぇ話だが、今の俺にそれを止める力がねぇ…………なら…せめてお前達の背中を押す事をどうか許してくれ…ダチのお前らが無事に帰ってくるのを……ここで待ってるからよ…!)
モヤモヤしていた気持ちを振り払うように
ロックは思い切り旗を振り続けた
その心にはガイアという自身の大切な故郷と家族と人々を守るという王としての強い決意と希望が満ち溢れてるのであった
ーーー
数分後、ガイアからだいぶ距離を置いた場所で
サイゾウ達の姿を見つけたシン達
こちらが手を振ればあちらも何人か手を振り返すと
メビウスは慎重に下降し、着陸した
「サイゾウさまー!ナッドさまー!皆さんご無事だったんですね!」
「そういうそなたらは…また色々と派手に暴れたようでござるな?」
「うっ…す、すみません」
「まぁいい…今はとにかく、お前達と無事合流出来て良かった」
「あら、ナッド…その子は…」
「心配するな。疲れて眠ってるだけだ」
そう答えるナッドにおんぶされる形で眠るアン
何はともあれ、全員無事に再会出来て安心したのも束の間
ディーネが「お喋りはそこまでにして、さっさと行くぞ」と
急かすように海賊船まで案内し始めた
「あの大きな船を停める場所なんてこの地にあるんですか?」
「それは見てのお楽しみよ、坊や♪」
それからさらに数分後…
「あの…ほ、本当にここが…」
「船着場、なのか?」
「階段も無ければ、人が歩けるような場所でもないわね…」
「つべこべ言ってねぇで、早くこのロープを使ってさっさと降りろ!このクソガキ共が!!」
キャビラとリンドウがそれぞれ設置した二本のロープを
安全確認も兼ねて先頭切って降り始めた
シン達も彼らに続く形で慎重に降りた
その場所はまるで乱雑にくり抜かれたような崖と
そこから崩れ落ちる崖の石と船着場の残骸が、長い歳月を掛けて
砂地が全く見えなくなるほど敷き詰められた状態であった
一体いつから放置されてるのかなんて
今では誰にも想像もつかないが…
廃れた理由は容易に察知出来た
「この地は平たく見えて、その実は山のように傾斜してる土地のせいで周囲は断崖絶壁。一番低い地にある海岸までの距離があまりにも遠すぎる。だから都市から最も近い崖の一部を壊し、船着場を建設するが…」
「不便さが際立って、誰も使わなくなった…ということですか?」
「その可能性が、十分高いでしょう」
全て憶測ではあるが
この地に住む人々にとっては何とも不憫な
負の遺産となってしまった船着場
少し哀れみを感じながら、海賊船の元へ歩いていると
「……んん、あれ、ここは…」
眠っていたアンが、突然目を覚ました
「起きたのか」
「おじ、さま?なんで…私」
「力を使い果たして眠ってたんだ。まぁ今起きたとこで悪いが、もう少し、じっとしてろ。船に乗ってから部屋に送ってやる」
「力……そっ…か…私…
また
あの力を……」「…」
「でも、みんな…無事みたいで、良かった…死ぬなら…私だけで……十分だか、ら…」
「…!」
今まで天真爛漫に振舞っていたアンがナッドの耳元近くで
今にも消え失せるような…泣きそうな囁き声で呟くと
また意識を失い、力が抜けてナッドの背中に
哀れで、愛おしいほどに重くのしかかるのを感じた
(………今は…ゆっくり休め…)
……
「船長ー!兄貴ー!おかえりっすー!!」
梯子を用意して待っていた船員達は
ディーネ達の帰還を大いに喜んでいた
「こいつらも乗せて、引き上げるぞ!」
「ラジャーーっ!!」
こうして、海賊船に乗り
ガイアを離れたシン達一行
離れると共に視界に広がるガイアの地へ
別れを告げるように見つめていると
「シン」
ふとナッドが話しかけてきた、そしてその手元には
まったく見覚えのない双剣が
「ナッドさん、それは…」
「これは、マクシィが現役時代に使っていた物だ」
ナッドはロックと話したことをありのままに伝える
「王様が、俺に…」
「正直、俺は運命なんざこれっぽっちも信じちゃいない…ただ、これがお前の役に立つと信じて…託されただけだ」
「…」
「本当はアイツがお前に直接渡すつもりだったが、今回の一件でタイミングを逃したみたいでな……受け取れ、シン。この先も…お前らしく、お前の意志の名のもとに戦え、いいな?」
「ナッドさん…っ……ありがとう」
初めは本当に自分が手にしていいのか?と内心躊躇うも
実際に触れ、ゆっくりと鞘から剣を抜くと
ロックの手入れのおかげでほとんど錆びてないが
多少の刃こぼれはさすがに免れなかった
でも、生前父が使っていたと思うと
嬉しさで胸がいっぱいになった
そして
(王様…王妃様…みんな…ありがとう……少しの間だったけど、いろいろあったけれど…俺、あなた達に会えて本当に…良かった。父さん、本当に…ありがとう…母さん…先はまだまだ長いし、困難な事も山ほど残ってるけど、俺…何があっても負けずに、自分らしく、頑張るよ…だって俺はっ…父さんと…母さんの息子なんだから…!)
かつて、英雄と呼ばれた父マクシィは
愛する者を救う為、
母イリーナは、夫の死を乗り越えながら
必死に息子を育ててきた…気丈で、心優しい母
彼らの強い意志と、決死の覚悟は遺された双剣を通して
息子のシンの心に深く刻まれ、受け継がれるのだった
【終】