第70話 光の都市ーマリアー
文字数 4,015文字
鳥達の囀りが響く早朝…
ステンドガラスから零れる陽射しで照らされる聖堂内に
黒髪の女性が一人、椅子に座りながら古びた表紙と
中身は分厚い聖書のような本に書かれたある一文を
淡々とした口調で読み上げる
「…想いは一つの輪と成りて竜を制し、魔力は七つの器を以て世界を守護し、神は………………」
そこで彼女は読むのを止めた
まるで何かを諦めたかのようにひとつため息をつき
ゆっくりと本を閉じた
(…想い…か)
物憂げな表情で本を棚に戻すと
彼女は静かに聖堂を出た
彼女の名は【トベラ=アイシュプルム】
この光の都市・マリアを統べる女王である
ーーー
ー マリア 港町 ー
約一週間の船旅を終えマリアに無事到着した一行
メイリンの約束通りフルクトゥスも本来はシン達と
同行する筈なのだったが…
「申し訳ありませんが、ここから先は私達は同行することは出来ません」
「え、どうしてですか?」
「実は、この地は我々を含めた海賊だけでなく余所者に対してあまり快く歓迎していませんので」
「歓迎していない?」
「ここは…この世界を守護する神、メモリアが誕生した場所とされ、その象徴として神殿が存在し、心から崇拝する者が大勢います…その熱烈な信心深さ故…その思想に反する者はここに暮らす民でも容赦はしません」
メモリアを冒涜する者は誰一人として許さない
人々はいつしか、神を自分の心の拠り所にするあまり
自分の思想と異なる者を疎んじるようになってしまった
もちろん、全員が全員そうではない
あくまでも平和に暮らしたい一心で同調する者もいる
複雑過ぎる環境であるが故に
そして、フルクトゥスはまさにそれとは真逆の精神で
世界の海を渡っている、神なんて信じない
神を信じる暇があるなら、自分自身の手で道を切り開く
互いの主張を曲げるつもりのない彼らにとって
マリアはある種の天敵のような存在だった
だからこそ、港に出入りは出来ても
迂闊に都市へ入る事は躊躇われる
そういった事情の上で、キャビラからある提案が…
「代わりと言ってはなんですが、これをお持ちください」
「これは…銃?」
手渡されたのは合図用の小型拳銃二つと専用の弾丸セット
ポケットにも入るコンパクトサイズかつ合図用として開発されたため弾丸の攻撃力は無に等しい
「いざという時、これを空に向けて撃ってください。私達はこの船からそちらの合図を見つけ次第、駆けつけますので」
「同行出来ないのに、大丈夫なのですか?」
「少なくとも、入る為の
理由
が出来ますので」「はぁ~ほんっとなんでもアリなのね~フルクトゥスって」
「何事も用意周到に…ですからね」
ニコッと柔らかな笑みを浮かべるキャビラに
得体の知れない恐怖を感じながらも
彼が味方で心から良かったという
安心混じりのため息をつくシン達であった
「ま、何はともあれ…気をつけるんだな」
「はい、それじゃあ行ってきます」
「なるべく怪我はしないようにね♪特に…」
「!」
シンの前でチラっとリンクを見て微笑むリンドウ
それを察したシンは困り顔しつつも了解し
肝心のリンクはその事に気づいてはいないが
「…」
今、彼女の脳裏から常に過ぎるのは
シンと話したあの日の事だけだった
もちろん、シンも…
___五日前
『…俺は、君が好きだからっ、初めて会ったあの日から…君を、助けたいと思ったっ…』
不安と罪悪感を吐露したリンクを
励まそうとするあまり自身の想いの丈を
口にしてしまったシン
その言葉の意味に初めはピンと来なかったが
リンクは、これまで彼と過ごした時間を思い出しながら
徐々に理解すると
「あ、あの…シンさん……そ、それはつまり、その」
彼女自身、経験は非常に乏しいが
その意味が分からないわけではなかった
そして、シンがその言葉を冗談で言ってるなんて
微塵も思わなかった…だからこそ
どう答えていいのか分からず…戸惑った
「!…ご、ごめんっ、どさくさにこんなこと…君を困らせるつもりはなかったんだ…!俺はただ、君を励まそうとして…」
「シンさん…」
「嘘に聞こえるかもしれないが…俺は、本当に…!」
「嘘だなんて、思いませんっ…」
「…!」
「シンさんは…嘘なんて言いませんっ…短い間ですけど、あたしは、この旅を通して…理解しています…シンさんがどれだけ誠実で、優しい方なのかを…」
「リン、ク」
「ただ、ごめんなさい…あたし自身…どう、答えていいのか…分からなくて…」
リンクの戸惑いに、シンは身を裂かれるような気持ちになった
自分の想いが彼女にとって、どれだけ重荷なのかを
けれども彼女はそんな自分の想いをどう受け止めるべきかと
真剣に向き合ってくれている
そんな優しさは、今のシンには残酷過ぎた
「…っ…いいんだ、リンク…突然こんなこと言われて…困るのは当たり前のことさ………本当に、ごめん」
「…」
「でも、これだけは信じてくれ…俺が君を守るのは、俺自身が決めたことなんだ…君の笑顔を、俺が…守りたい…そう望んだんだ」
「シン、さん…」
ぎこちない笑顔でそう言い放つシン
必死に言葉を紡ぐ彼の姿はどこか痛々しくも切ない
そう見えたリンクは、彼への途方もない申し訳なさと重なって胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じていると
「…さ、さて、ちょっとだけ…外の空気を吸ってくるよ…」
「え?シンさんっ…あの…」
「大丈夫。ほんとにちょっと外の空気を吸うだけだから…それと、今後はもう二度と、君に負担になるような事は、絶対言わないから……だから、今日のことはもう忘れて…ゆっくり休んでくれ、おやすみ」
「…っ!」
彼女の言葉を無理矢理遮りそそくさと部屋を出たシン
これは、あまりにも迂闊だった。馬鹿正直さがこんな時に限って裏目に出るなど思いもしなかった
本当にリンクを困らせるつもりなんてなかった
励まして、元気を取り戻してほしかった
ただ、それだけの筈だった
それなのに…
「…ちくしょっ…なんであんなことを俺は…………最悪だ…っ」
壁にもたれてズルズルと床に落ちるシンは
今日という出来事をひどく後悔した
それ以来、二人は
顔合わせるどころか会話すらせず
最悪な気まずさを抱えたまま
マリアに到着するのであった
ーー
港を離れると周りは森で囲まれているが
道は綺麗な白い石畳が都市まで続いており
向かいから多くの人々が行き来する
まるで観光に来たかのような賑わいの道に
シン達は思わず首を傾げた
「…妙に穏やかだな」
「わたし達だけでなく他の方が行き来しても、皆さん平然とすれ違いますね」
「いいんじゃないの~?何も起きないに越したことはないし、何よりここ、めちゃくちゃ涼しいから快適~」
「相変わらず呑気なものね、あな、た………」
先頭で陽気に喋ってるアン達だが
彼らの後ろで並んで歩くシンとリンクは
不気味なほど静かでぎこちなく歩いていた
二人はいつもなら当たり前のように
互いの目を見てじゃれ合うほど
物理的にも精神的にも距離が近かった
それほどまでに親密だった二人の違和感に
サイゾウやナッドでさえも、腫れ物のように扱うほど
気まずい空気が流れていた
「…ねぇアン、あなたあの子達と同室だったわよね?…何か心当たりはないの?」
「んー?さぁ…どうかねぇ」
ケイの問いかけにも、もはや我関せずといった態度を見せるアン
モヤモヤとした気持ちでお手上げ状態のまま
一行はようやく森の道を抜け
都市内へと足を踏み入れるのだった
「着いた…!」
「うわぁ…な、なんですかここは…!」
「どこも、真っ白だ」
視界に広がるは、ほぼ白一色の都市
雪や自然で彩られたのではなく
人工的に塗りたくられたとされる白の建物ばかり
人が暮らしているという生活感がまるで感じられない清潔過ぎる空間。しかも一部の住人は何故か白いローブを被って歩く姿も見受けられる
「あの恰好はなんなのです?」
「あれは確か、メモリアへの完全なる崇拝を示したローブ…あれを着る者は誰一人としてこの地から一歩も外に出ていないとも聞いてるわ」
「とことん忠実とは感心ね~…私には縁のない話だわ」
「思うのは勝手だが、ここではそういう話をあいつらの前でするんじゃねぇぞ…あいつらが俺達を目の敵にしたら一巻の終わりだからな」
「…了解」
意見がまとまったところで
今回の目標である女王トベラに会うため
彼女の居場所とされる【セレイン大聖堂】を目指していると
「ん?あれは…」
途中、信者による謎の行列が目の前からやってきた
避ける他ないと見てシン達はぞろぞろと端へと移動する
「はぇぇ~すごい行列~…まるでお祭りのようですねシンさま!」
「祭り…にしては静かな方だな…」
自分でそう言った直後、不意に頭を過ぎったのは
リンクと初めて出会って一目惚れした時の事だった
(そういえば、あの日確か…祭りの最中だったな)
桜の花びらと真っ白な雪が降りしきるあの日
サクスで行われた祭りの中で
偶然にもリンクと出会い、恋に落ちた
目に映る世界が全て変わったように心を奪われ
その気持ちはこうして今も変わらずむしろ膨らんでいくばかり
しかしそれを告げるのは今ではない
告げるとしたら…それは、この戦いが終わった後に…
そう、決めていたのに……
(……考えるのはもう止めよう。今は…この戦いに集中しないと…そうしなきゃ…俺は……)
「おやおや?見慣れない顔がいっぱい揃ってるね~どこから来たの?」
「…!?」
突如行列と同じ方向からシン達に声を掛けてきたのは
「え、お、女の……子…?君は…いったい」
「ちょっとぉ~!いきなり失礼な言い方するおにいさんだな~!
オレ
の名はカラン!カラン・コエ=ヴィルニー!持つべきものをちゃーーーんと持ってる正真正銘の美男子さ!…しっかり頭に叩き込みなよ旅人のおにいさんに…キュートで美しいおねえさん方♡」「お、男!!?」
「また面倒くさそうな奴が現れたわね…」
透明感のあるホワイトベージュ色の髪を三つ編みでまとめサイドテールにし、女の子と見まごうほど華奢な容姿の上に愛らしい笑顔でウインクしながら自己紹介する謎の少年、カラン
マリアに着いて早々、またしても波乱の予感が…
【終】