第42話 憎悪と慈愛
文字数 4,146文字
そこは、花の形をした光が煌めく真っ白な異空間
あたたかい温もりと、ふわふわと体が浮く感覚が
不思議なほどに心地が良かったが
(え、こ、これは…!)
真っ白な空間が徐々に消え去ると
今度は真上からアクアの街を見渡せる空間へと変わった
(これって…まさか…)
これはおそらく、白きドラゴンメビウスの視点で
リンクはメビウスの体内にある異空間にいる状態を現していた
これまでは理性が保てず無意識に力を振り絞ってきたが
三度目にしてようやく理性を保ち
こうしてアクアを見渡す事が可能となったのだ
そして、目の前で立ち尽くす
異形の存在に隠された
真の姿
も…確認出来た(あれは…!…エ、エメラル…さん?)
静かにこちらを見守る黒きドラゴンの体内から
露わになった白い肌を長くて青黒い髪と
黒で淀んだ煙のようなオーラで隈無く包み込む
サファイアの妹、エメラルの姿が現れた
長い前髪が無造作に垂れ落ちる隙間から見えた虚ろな瞳は
リンクの心を突き刺すほどの憎悪が満ちていた
(…マタ、シてモ…ワタシ、ノ邪魔ヲシ、ニキタカ…
…アワレナ小…娘…フ、フフフ…………)
一方、再び姿を現した
白きドラゴン・メビウスの姿を見てシンは
「…リンク…どうして、君が…」
これまで見てきた彼女の性格から想像して
おそらくリンクは、いてもたってもいられなかったのだろう
誰を助けたい、守りたいという彼女の強い意志が
ドラゴンの力を通じて突き動かしたのだろうと
けれども…
「太刀打ち…出来るのか?あの人に…」
「それは…おねえさんの頑張り次第さ♪」
シンの小さな呟きに対し、陽気に返事するルーファ
「どういうことだ」
「さっきも言ったように、ドラゴンは人の心から生まれた存在…ならその力と性質はどうなると思う?」
「ドラゴンの力と、性質……っ!………ま、まさか」
「そう。そのまんま反映されるのさ。おねえさんの
心
がドラゴンの力にね」人の心がドラゴンの力に反映される
例えば、エメラルの場合…姉妹に対する「憎悪の心」が殺意へと変貌したことで攻撃手段を得るが…リンクは違う。争いを拒んだ上で誰かを救いたいという「慈愛の心」では攻撃手段は得られない…つまり
「リンクは…エメラルさんを、攻撃することが出来ない…?!」
「火を見るより明らかな戦いに、おねえさんはまんまと乗り込んだということさ」
「ダメだ…危険過ぎる!!リンク…!!」
「ま、そんなおねえさんだからこそ、僕らは期待してるんだ。救世主の名に恥じない戦いをね」
平然とそう答えるルーファにシンは徐々に憤った
「ルーファっ…」
「おねえさんがエメラルさんを殺し、この戦いを終わらせれば、彼女はこの世界の救世主となる…そして、
「…っ!」
「これでわかってもらえたかい?僕達の成すべき目的と理由を」
「あぁ…よーく分かったよ…お前らのしてることは救済でもなんでもない、救世主などといいようにこじつけた、ただの私利私欲だということをなぁ!!」
怒りが頂点に達したシンは勢いのままルーファに迫った
「私利私欲、か…言ってくれるね」
握る剣に力を込めて疾風の如く攻め立てるシンと
ひとつひとつ冷静に対処するルーファ
人々の命と幸せを易々と奪う彼らが許せなかった
彼女達の想いを利用する彼らを心から許せなかった
その想いを怒りに乗せて突き進むが…
「おにいさんがどう思おうと、この戦いはもう誰にも止められない」
「!!」
ルーファの盾となるように
間に割って入ってきたマネキンがシンの攻撃を防御すると
隙だらけとなった腕を掴み物凄いスピードとパワーで
投げ飛ばされ建物の壁に激突するのだった
ドゴオオッ!!!!
「うぁっ!!!」
背中を強打し、そのままズルズルと地面に落ちたシン
頭に血が昇ったせいで非常に迂闊だった。愚かなまでに
「…は…っ……げほっ…く、くそっ……っ!!」
顔を上げた瞬間、マネキンが至近距離でシンに追い討ちをかけるように、胸ぐらを掴み、強烈なビンタを一発食らって再び地面に落ち、うつ伏せになってがら空きとなった背中を足でギリギリと力強く踏みにじってきた
「がっ…!!ぁ…っ…!」
「おにいさんも人のこと言えないね。感情のままに突き動かされて…派手に負けるなんて…本当に惨めで、滑稽だよ…ふふ…」
「ルー…ファ…」
「これ以上惨めな思いをしないよう…あの世へ送ってあげる」
ルーファがそう告げると、マネキンの上げた手が
剣に変形した
「!?」
「今度こそさよならだよ……おにいさ…」
バァンッ!!!!
「っ!?」
トドメを刺そうとした瞬間、一発の銃弾がルーファの顔の真横を通過し建物の窓ガラスが割れた
「なっ…」
飛び散るガラスの破片を避けようと一歩後ずさりした直後
ルーファとマネキンの足元に栗色の魔法陣が大量に発生した
「これはっ!うわぁ!!」
魔法陣から現れた大きさがバラバラな岩の攻撃に
ルーファは必死に避けてその場から消え去った。置き去りとなったマネキンは、ルーファの意思がなければまともに動けず魔法の餌食となり、見るに堪えないほど破壊された。シンは巻き込まれないよう体を起こそうとするも、痛みで動けず逃げ遅れそうになったそのとき
バッ!!!
何者かが、迅速にシンの体を担いで回避した
「っ!!…はぁはぁ…た、助かっ…た」
「あれだけ大口を叩いておいて…世話の焼ける男でござるな」
「え、サ…サイゾウさん!?」
再び顔を上げると目の前にはサイゾウの姿が
どうやら彼がシンを抱えて回避してくれた模様だが
自分を見る目は明らかに呆れているようにも
安堵しているようにも…見える
「あ、ありがとう…サイゾウさ」
「礼など要らぬ間抜け。何度同じ目に遭えば気が済む、少しはお守りするこちらの身にもなったらどうなのだ?」
「なっ…アンタ…ホンット!もう少し素直になったらどうです?!そんなんじゃいくら顔が良くても友達一人も出来ませんよ?!」
「それは大いに結構。ただでさえ馬鹿正直な男が仲間だというのに、これ以上増えては迷惑以外の何ものでもござらん」
「ま、また馬鹿正直って言いやがったな!?このっ…!!」
「ハイハイ二人ともー痴話喧嘩なら余所でやってよねー」
「誰が痴話喧嘩だ!!」
半笑いで見守ってたアンが棒読みで二人を仲裁すると
彼女の隣にいた男が無愛想な表情で深くため息を吐いていた
「ったく、このクソ忙しい時に喧嘩とは…元気のある証拠だな」
「あなたは…」
「まぁ…そういうとこも
アイツ
にそっくりだな…シン」「ナッド、さん!?」
ーーー
その頃、宮殿内では
「こちらです陛下」
「えぇ」
裏切り者のヴォルトスからリンク達を守るべく
奮闘したアクアール達であったが
予想だにしなかった彼の圧倒的な強さに
誰一人として為す術なく惨敗する結果に
「申し訳ありません陛下…あの男の力量を見誤ってしまったようです」
「いいえ、見誤っていたのは
「陛下が謝ることはありません…!元はと言えばあの男がっ…」
ヴォルトスに対する怒りを露わにするアイオラと
失態を悔いるトルマリンに申し訳ない気持ちでいっぱいになるアクアールは…ふと空に対峙するドラゴン達の姿を見つめた
(リンクさん、お姉様)
燃え盛るアクアの空で静かに邂逅する
その光景に広がる静けさがあまりにも不気味で
嫌な予感ばかり浮かんでしまう
「陛下…早く戻って治療しましょう」
「……えぇ」
トルマリンに手を引かれながら
アクアールは医務室に向かった
(…ねぇ、サファイアお姉様。私はあの時、どうすれば良かったのでしょうか?あの方の想いをきちんと汲み取っていれば、ドラゴンになる事も…お姉様がアクアを出て行くことも…ネリアさんとシルフさん達も…すべて、喪わずに済んだのでしょうか?)
過去は、もう二度と戻らない
振り返ることは許されない
そう理解しながらもアクアールは
未だ残る後悔に心が揺れていた
そして、リンクと…エメラルは
(エメラルさん!あたしの声が聞こえますか!?)
(アァ…聞こ、エルトモ…ミミザワりな、ホドニナ)
リンクはこの戦いを止めるため、説得を試みた
(エメラルさん…戻ってきて下さい!みんな、ずっとあなたを心配して…)
(心、配?……フフフ…ナニガ、心配ダ…コンナコトニ、なったノハゼンブ自分ノ、セイダト…気付いて、いナイノカ?ふふ、ナンテオロカナ…)
(お姉さんは…悪気があって力を隠したのではありません!エメラルさんとみんなで平和に暮らしたい一心で、王様になろうと…)
(黙レッッ!!!!)
(っ!?)
威圧的な口調でリンクを黙らせるエメラル
(お前ニ、何ガワカル…忌ワシイ力を、悪気モナク、カクシてたワケジャナイ?笑わセルな!!私ノモノヲ奪ってオイテ、ワタシが!手に入れる、ハズダッタのモノを!!全部!奪っテオイテ!悪気ガナイダト!?フザケルナ!!フザケルナァァ!!!!!)
エメラルは怒り狂った、姉のしてきた行いに
本来自分が手にするはずだったのものを
姉が全部奪ったのだと、エメラルは微かに混じった涙声で叫んだ。そんな彼女の姿を見てリンクは…
(エメラルさん…あなたは、自分が王になったら何を始めようと思ったのですか?)
(…ソンナノ、キマッテルッ……ワタシは……ワタ、シ………は…)
何かを言おうとするが
突然頭が真っ白になり
言葉を失うエメラル
(ワタシ…は……ワタ、シ……)
(…)
リンクは薄々ながらも感じ取った
彼女には、始めから
王としての夢
なんてなかったただ姉妹達の強さに憧れては嫉妬し
それを隠そうと必死に牽制して
自分の方が王になる資格を持つ存在であることを
皆の前で虚勢を張っていただけに、過ぎなかったのだと…
(…帰りましょう…エメラルさん…みんなの元へ…今ならまだ、間に合うはず…!)
(ヴゥゥゥゥ…)
(エメラルさん…!!)
(ウルサイッ!!)
(っ!)
(ウルサイ、ウルサイうるさいウルさいうるサイウルサイうるさいうるさい!!!!!シネッ!!!オマエら全員!!シンデシマエェェェ!!!!!!!!!)
説得も虚しくエメラルは容赦なく
リンクに突撃する
(ま、待ってぇ!!!)
(ヴゥァァァアァァァァアアァァ!!!!!!!!!)
愛憎渦巻く、不毛な戦い
【終】