第7話 懸賞金
文字数 4,546文字
暗闇に潜むモンスターとの対峙からすでに
数十分以上の時が過ぎるなかで
突如現れた謎の少女・アン
身の丈を圧倒的に超える怪物を前に全く物怖じしないその立ち振舞い、その不敵な笑みに
シンとサイゾウの心は戸惑いと不審に満ちていた
(彼女は.......いったい)
だが怪物の勢いは止まらず
水の触手は手数を増やして再び少女の元へ伸ばした
【第7話】
「ほいほいっと!」
少女は四方八方から迫る触手を軽快に避けていく、それはまるで踊っているかのように...という以前にそもそも当の本人はどこか楽しそうであった
シンは思わず魅入りそうになるが
流れ弾の如く迫る触手を避けるので精一杯であった
(やっぱり避けるだけじゃだめだ...他に手立てを...っ!!)
少女に視線を向けると
着地した背後にある水溜まりから浮き上がった人間の手にも似た水の魔の手が背後から忍び寄るの見つけた
「!!!危ない!!!」
「やや?」
シンの咄嗟の判断は思わぬ形で表れた
ズバァアア!!!!
「!?」
無意識に振りかぶった剣から
風を纏う【かまいたち】のような衝撃波が
繰り出されると魔の手は真っ二つとなり水へと還った
その光景に1番驚愕したシンは
少し震える自分の手を見つめた
「い、今のは...まさか...」
魔法、先程サイゾウから聞いたとおりの
力をようやく目の当たりにしたシン
自分の中に秘められた力の存在に
期待と不安が徐々に募っていった
するとそこへ
「おーい!ハチマキのおにいさーん!」
アンがシンに手を振り大きな声で話し掛けてきた
「おにいさんの魔法に助けられちゃったわねありがとー♪」
笑顔でウインクする少女に困惑しつつ安堵したシンは、気持ちを切り替え少女の元へ背中合わせをするように近づく
「君、随分戦い慣れしてるんだね...その杖もただの杖じゃないんだろ?」
「あらっ勘が鋭いんだねおにいさん!...ってなんでそんなにボロボロなわけ?」
「...いろいろと事情があってね」
「あっ!ひょっとして君とあのおにいさんが例の脱獄犯?」
「例の脱獄犯?てか、どうして君がそれを......!!」
ヴァアアアアァアァァア!!!!!!
会話の隙を与えぬばかりに
怪物の怒涛の攻撃をシンとアンは必死に
回避しながらも次々と言葉を並べ立てる
「どういう、事なんだ!君が...俺たちの、脱獄した、ことを…知ってるなんて…!!」
「知ってるも、なにも、上ではその話でもちきりだよっ...!…っと、サクス城から逃げた、脱獄犯、
ザシュザシュ...!!!!!
「…【
賞金
】が…貰えるみたいだよ、君達の【首】を上の奴らに差し出せば、ね」「!!?」
ーーー
ーサクス城 客人館ー
着替えを済ませるとふらふらした足取りで
部屋を後にし、出口へ向かうリンク
頭の中ではシンや子供達の無事を願い続けていた
しかし…
「そんなお身体でどこに行かれるのです?」
後ろから凛としつつも
どこか恐ろしく響く女性らしき声に
思わず心臓がドキッと鳴って冷や汗が出始めるリンク
そんな声の主に恐る恐る目を向けると
それぞれ色が異なる切れ長の美しい瞳と
陽の光で更に輝く金色の長髪が印象的な少女が
腕組みしたまま訝しげな表情でリンクに接近した
「まだ病み上がりの体であるというのに、勝手に外へ出られては困ります」
「す、すみません...でも、どうしても確認したいことがあって...」
リンクはビクビクと怯えながらも
少女に外出許可を必死に懇願する
「...お気持ちのほどはわかりました...ですが、仮に出ていったとしてもそのお身体ではまたすぐ倒れて本末転倒になり兼ねません、しっかりと養生してからでも間に合います。ですから…」
「分かってます…!でも、ほんの、ほんの少しだけでいいんです!あの人が、子供達が無事であることが分かったら、それで……うっ…」
不安と恐怖のあまり声を張り上げた瞬間
ガンッ…と激しく打つような頭痛がリンクを襲う
見るに堪えないと呆れた少女は
リンクの肩を優しく抱くと
「…慈悲深いのは結構ですが今は大人しく寝ていた方があなたのためでもあるのよ」
「あ、あなたは…いったい…」
「ご心配なく、あなたの言う子供達やその人は我々が後ほど捜索致します。ですから、今はどうかお眠りください…リンク=アソワールさん…」
「..えっ.........ぁ...」
ドサッ…
突然の眠気に襲われると少女の胸へと
倒れ込んでしまったリンク
呆れるようにため息をついた少女は呟く
「…チッ…手間のかかる女ね」
「だからって乱暴はいけないよー?ねえさーん」
庭の高い塀で足をぶらつかせながら
傍観していたのはパーカーで顔を覆うも
髪や瞳の色が少女と瓜二つの少年であった
「また【お散歩】してたの?【ルーファ】」
「あははっそんな怒った顔しないでよー【ルーリア姉さん】久々に面白そうなことが始まりそうだってのにー」
「…」
酷く険しい目付きで少年、ルーファを睨む
少女、ルーリア…しかし彼はそんな事も
お構い無しで無邪気に話を続けた
「おじさんがね、僕たちを呼んでるみたいだから、いつもの時間にいつもの場所へ集合だよ♪」
「エル様が……わかったわ」
「んじゃ!また後でね~」
ルーリアがそれを承知するとルーファは
にこやかな表情で背中から塀を降りていった
ルーリアは懐でぐっすりと眠るリンクを見つめ
再びため息をついた
「.........面白そうなことが...ねぇ」
ーーー
ーサクス 地下水路ー
「俺たちの首が、賞金...?」
アンから聞かされた衝撃の事実
シンとサイゾウ…
脱獄を図った事で狙われる身となったこと
そして二人を捕まえたら賞金が貰え
人々がそれを目的に探し回っているという
身の毛もよだつ事実だった…
愕然とした
サクスが、自分達の首ごときで
何かを守ろうとしているのが…
(…上の奴らは、本当に、そうまでして守りたいのか…この都市を...)
込み上げてくる怒りの中でシンはふと
サイゾウに目を向けた
横顔から見えた深い溜め息と
揺れる赤紫色の瞳から僅かに感じ取れるのは
自分の、故郷に対する【失望】と【怒り】
無論、他にも何か計り知れないものが彼の中にあるかもしれない…現にサイゾウが、仲間よりも赤の他人である自分を信頼のおける者として見出し選んだ…その事実もまた彼の悲哀さを物語っている
そんな彼のやるせない思いを胸に
シンはアンに問いかける
「...なぁ君、ひとつ聞きたいことがあるんだ!」
「ふえ?…っと!なになにー?」
「君は、俺達の首が賞金かけられてるとわかってるならなんでっ…俺達に、剣を向けないんだ?」
「剣を?......わわっ!っと、あっぶなー...向けるもなにも私はそもそも宝を探す為にここにきてんの!お金なんかに興味無ーし!!」
「宝を、探してる?...っ!」
再び始まった怪物の怒涛の攻撃の中で少女は語る
少女はある宝を求めてここまでやってきた
何のお宝かまでは教えてくれなかったが
少女はどうしても、その宝が欲しくて
サクスに訪れシン達にあっさりと
懸賞金に纏わる話をしてくれた
そこへアンは問い返した
「じゃあおにいさん!ここで質問っ!【血にまみれた金を必死で手に入れようとする女の子】と【ちっぽけな宝石を血眼になって探す女の子】..どっちが素敵だと思う?」
「なっ...なんだよ、その質問は…」
「あくまでも例え話!君の素直な答えでいいからっ!っと!」
(素直な...気持ち...)
「俺は...」
素直にはっきりと浮かんだのは
今頃診療館で意識を取り戻そうしているあの子の姿
あの蒼く澄んだ優しい瞳
子供達をなだめる母のような暖かな声と表情
そんな見た目とは裏腹に
か細い体に秘められていたのは
子供達を守ろうとする強い意志
それと同じように人は
どんな理由があっても
真っ直ぐな思いで戦っているはず
サイゾウも、そして、このアンという少女も
そうして、シンが出した答えとは
「どっちだっていいさ...どっちも、命懸けでそれを手にする為に戦ってるんだろ?…だったらそれでいい、女の子は…人は、きっとその方が一番綺麗だろうから...なっ!!!」
ザシュッ!!!!
言葉と共に迫る水の触手を切り裂いたシン
強く握りしめる双剣には彼の意志を
表してるかのように吹き荒れる風の魔力が纏われていた
「...へぇ…おにいさん、面白いこと言うんだね~...質問の答えになっちゃいないけど...私はそういうの、全然嫌いじゃないよ♪」
シンの予想外な答えを前に
どこか満足そうに、ウインクしながら笑うアンであった
「話はもう済んだでござるか?」
「サイゾウさん」
「まぁ、そなたのような馬鹿正直者なれば妥当な答えでござったな」
「...あなたの耳は地獄耳か何かですか?けどまぁ、そう言ってもらえて感謝しますよ、サイゾウさん」
からかうように笑ってみせたサイゾウだが
その笑みにはアンと同様、彼の答えに
満足そうな表情が滲んで見えた
「……さて、後はこの怪物の事だが、ようやく弱点を見つける事が出来た、どうやら体内に【核】らしきものがある、動きを鈍らせてその核を一撃で破壊する」
「動きを、鈍らせる…でもどうやって」
「おー!そういう事ならこの私におまかせあれ!」
意気揚々と手を挙げながら立候補するアン
いったい、彼女はどんな手を使うのか?
「けどその前にまず、おにいさん方には是非とも私を守りつつ時間稼ぎしてもらいたいんだけどさぁ…やってくれる?」
「時間稼ぎ?」
「…【魔法陣】…でござるか?」
「ナイス緑髪のおにいさん!まさにそのとおり!」
「魔法、陣?」
魔法陣...それは通常よりも長い呪文が要求されるが、代わりにそれを遥かに上回る魔法を発動させる事が出来る、端的に言えば必殺技ならぬ必殺魔法である
ただし、その魔法は並の体力と精神力では使いこなせない代物であるはずだが…
「そなた、余程自信があるのだな?」
「ふふ~ん、女のトレジャーハンターだからと言って舐めて掛かったら痛い目見るわよ?お・に・い・さ・ん♪」
「………ふっ、いいだろう」
ゾワッ…
(あ、あれ?今なんか悪寒が……気のせいか?)
二人の間から異様な悪寒を感じるシン
この時、彼はまだその危険性に気づく事は無かった
「さぁさぁ!バリバリ張り切っていくわよ~♪」
シンとサイゾウは顔を合わせる
「さて、行くぞシン殿」
「もちろんですよ、サイゾウさん…」
(絶対に生き残ってやる…この腐りきった戦いを、終わらせる為に…!!)
成り行きで出会った三人が手を組んだ時
結末は、はたして…?
【終】