第38話 主のため
文字数 3,593文字
怒りに満ちる叫び声を上げながらリンクを狙った
ナイフから指までに伝うぬるい血の感触から
“刺した“という確信を得た刺客であったが
「…っ!?…お、お前は…!!」
視界が良好になった瞬間に映ったのは
リンクを庇い、ナイフを素手で受け止めるシンであった
「あの時の…小僧っ!!」
「そう易々と殺させるとでも?」
「なっ…」
ガッ!!!!
「ぅあっ!!」
横から聞こえてきた声に反応した直後
強烈な中段蹴りが刺客の顔に直撃した
その勢いで部屋の隅にある本棚まで吹き飛ばされ
背中を強く打ち付けた
「がぁっ!!…くっ…うぅ…」
ぶつかった衝撃で落ちるたくさんの本に埋もれかけながら
刺客は必死に体を起こした
「な、なぜっ…」
「それはこっちのセリフだっての」
刺客の元に近づいたのは
訝しげな表情を浮かべるサイゾウとアンであった
「き、貴様ら…私の侵入に、気付いてたのか?」
「まさか。こんな
大胆な
計画で娘一人を殺害しようなど、誰が想像出来るのだ?」「ぐっ…」
サイゾウが冷酷な笑みを浮かべながら皮肉を言うと
刺客は失態を悔やむように唇を噛んだ
一方、負傷したシンとリンクは
「シンさん…て、手がっ…!」
「た、大したことはない…それより、君は?怪我は、ないか?」
「…!」
自分の為に身を呈したシンの姿を見て
胸をギュッと締めつけられる思いのなか
リンクは急いで持っていた包帯と布で応急処置をした
「く、そっ…こんなはずでは…」
「何が目的か知らないけど、暗殺者ならもっと賢く来なさいよ。お・ば・さ・ん?」
「だ、黙れ!!この小娘がっ…」
ジャキン…!
「黙るのは貴様の方だ、この狼藉者めが」
「!!」
言葉を遮るようにトルマリンが
刺客の首筋に剣を突き付けると
アクアールが問い詰める
「単刀直入に聞きます。あなた、いったい何者なのですか?」
「答えるつもりはないっ」
「黙秘、ですか…場合によっては拷問もありうるというのに」
「拷問だろうが何だろうが、貴様らに答えることは何もない!!」
「無礼者、陛下の御前であるぞ…!」
頑なに答えようとしない刺客を見て
ミールがふと呟く
「ん?この方…どこかで…」
「ご存知なのですか?」
「メイリンさんを…襲った人ですっ…」
「えぇ!!」
誰よりもはっきりと顔を覚えていたシンが答えると
ミールはハッとした顔で思い出し
リンク達は目を丸くして驚いていた
「貴様が…メイリン王女様を?」
「ちょっとちょっとおばさん、いくらなんでも見境が無さすぎるんじゃ…」
「お待ちを」
懐疑的な表情で刺客に
食ってかかるアンの勢いをアクアールが止めると
「もう一度聞きます。あなたはいったい、何者なのですか?」
「何度言っても無駄だっ…私は答えるつもりは………っ!」
無言で冷徹に見下すアクアールに刺客は思わず圧倒され絶句した
「では質問を変えましょう。あなたに命令したのは誰ですか?誰の命を受けてリンクさんを」
「命令なんかじゃない…これは、私の意思でしたことだっ…」
「嘘。仮にも暗殺者は利益のある標的を殺して生計を立てる存在。王女であるメイリンさんを狙うのと、一般市民であるリンクさんを狙うのとでは訳が違います…なのに」
「違う…その娘は……ぃ、生かしてはならないっ…あの王女諸共、死なねばならない娘なんだっ…!!」
刺客の言葉にそれぞれが目を細め、困惑した
「それは、どういう意味ですか?あなたは彼女の、何を知ってるというのですか?」
「それはっ…」
「…発言の割には、随分と曖昧なのですね。彼女のことを何も理解していないと言うのに、生かしてはおけないとは…考えが浅はかだとは思いませんでしたの?」
「…」
口篭る刺客にアクアールは更に揺さぶりを掛けた
「あぁ…もしや、
嫉妬
…ですか?メイリンさんだけでなく、リンクさんにまで関心を寄せる主
に対して…」「ち、違う!!私は、私はあの方の邪魔になる存在を消そうとしただけだ!!」
「邪魔になるからという理由だけで、彼女達を消しかけたの?あらあら…」
アクアールは呆れたように微笑んだ
「私怨で人を殺めるとは…つくづく愚かな暗殺者ですね、あなた」
「…違う、これは、私怨なんかじゃ…」
「私怨でなくとも、主の許可なく殺害を企てることは主に対する裏切り行為…その意に反する行動はたとえどんな理由があろうと、あなたを許すことはないでしょう」
「お前に、私達の何がわかる…!」
じわじわと追い詰めていくうちに
恐怖と緊張で唇が震える刺客だが、まだ折れる気配がなく
このままでは埒が明かない、そう思ったアクアールは
「あなたの主は…実に果報者で、実に愚かな方ですわね」
「!?」
妖艶な目で刺客を憐れむように言葉を投げかけた
「裏切ってでも、主の身を案じて戦うあなたの想いに、何一つ気付けないとは…」
「やめろ」
「振り向いてくれなくとも、主のためを思ってしているのに」
「やめろっ…」
「こんなにも深く、主を慕っているというのに…」
「やめろ!」
「きっとあなたを、将棋の駒としか捉えていないのでしょう」
「やめろ!!」
「本当に愚か者です。主も、あなたも」
「やめろぉ!やめろ!やめろ!!やめろ!!あの方を…
キョウ
様をっ!!!!愚弄するなぁっ!!!!!!!」怒りで昂った刺客の隙を突くようにトルマリンが
片腕を掴むと、身動きが取れないよう縛り付け
強引にうつ伏せの状態にした
「外に誰かおらぬか!!」
「ハッ!!」
トルマリンの掛け声で部屋の外にいた兵士が入ってくると
「口枷を嵌め、そのまま牢屋へ入れてください。また後ほど尋問致します」
「んー!ん“っー!!!」
「御意!!」
兵士三人掛りで暴れる刺客を抑え牢屋に連行された
事が落ち着くと、アクアールは
張り詰めていた緊張を解くように深くため息を吐いた
「陛下」
「大丈夫、少し疲れただけですわ」
「尋問に慣れてるわけでもないのに、あなたという人は…」
「何事にも苦労は付き物…それに、キョウ=アルヴァリオ…彼が彼女の主である可能性が一層高まりました…それだけで充分な収穫です」
「陛下…」
「…あ、ところで…」
アクアールは心配そうな目でシンに振り向いた
「女王様」
「怪我は、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です…すみません、気を遣わせてしまって」
「そんなことありません。あなたはとても勇敢な方です…シンさん」
「恐れ入ります…女王様」
「シンさん」
隣にいるリンクが、申し訳なさそうに声を掛けてきた
「シンさん…ごめんなさい…あたしを庇ったせいで」
「いや、これはあの人が勝手にしでかしたことなんだ。君のせいなんかじゃない」
「でもっ…」
ガチャッ!!!
「陛下ぁっ!!」
ノックもなしに大声を上げながら執務室へやって来たのは
「アイオラさん…いったい何事ですの?」
「陛下、急ぎ兵に出動命令を!街がっ…モンスターに襲われてます!!」
「ええっ?!?」
「なんですって!?」
嫌な予感したシンとサイゾウが執務室の窓から確認すると
「こ、これは…!!」
つい先程まで晴れやかだった青い空と街並みが
大多数のモンスター達の手によって砕け散り
轟轟と燃え盛る地獄絵図と化していた
「そ、そんな…」
「これってもしかして…あの金髪小僧の仕業?」
「確証はまだないが、その可能性は高いでござろう」
「なんだってこんなタイミングに、ちくしょう…!!」
昨日まで美しかったはず街が、人々が
容赦無く蹂躙されていく様にシン達は怒りと悲しみに震えた
「ミール…俺は街に行ってモンスターを倒してくるから、お前はリンクを守ってくれ」
「えっ!?」
「シンさま!何を言い出すのです!?ただでさえ傷を負ったばかりだというのにそんな無茶を…!」
「手のことならもう心配するな。それに、いざと言う時はここにいる仲間を頼ればいいんだし」
「随分と懐かれたものでござるな」
「一途なお人好しさんのお
「アンタら…もう少し素直な物言いしたらどうなんだ?」
それぞれが不器用ながらも
戦う決意と強い結束を見せるシン達の姿にアクアールは
「
「!」
先程までとは打って変わった毅然とした口調で
シン達に話しかけてきた
「女王陛下」
「負傷した傷が癒えない時は必ず撤退してください。私の誇り高き兵士達があなた達を守る盾となり、刃となりましょう」
「女王様…!」
「皆さん、どうかご武運を…!」
「女王様、ありがとうございます!!行こう!」
深く一礼したシン、サイゾウ、アンは
武器を持って街へと駆けていった
リンクは、彼らの走る背中を見えなくなるまで
見送ることしか出来なかった
「…シンさん、みんなっ…」
ーーー
その頃…街の中心にて
「さて、もうひと暴れする頃合かしら?ルーファ」
「あぁ。思いっきし楽しんでね、姉さん…僕もそろそろあの人に合図を送る頃合…かな♪」
人々の悲鳴とモンスターの雄叫びが飛び交う街を見て
無邪気な子供のように
楽しげに
瓜二つの双子が放つ悪魔のような策略が
再びシン達に迫る…
【終】