第51話 親子
文字数 4,502文字
ザッザッザッ…
「はぁはぁ…」
シン達がソラという少年と出会った同じ頃
アクアから脱走した女アサシンこと、オルティナが
彼らの後を追うように粘り強く砂漠をたった一人で歩いていた
「絶対に…逃がしは、しない…っ」
暗殺が失敗し、檻に入れられそうになったあの日
オルティナはヴォルトスに救われた__
『お、お前は?』
『名乗る者でもありません。さぁ、お逃げを』
『その額の紋章…まさか』
『…』
『私を助けるとは、どういう風の吹き回しだ?』
『失礼ながら、それを私の口からお伝えすることは出来ません…あくまでも私は…あなたを救えと、あるお方から命じられただけなので』
『命じられた?いったい誰がっ…』
『この裏道を通れば誰にも見つかりません…さぁ早く』
『ちょっと…!』
『早く!』
『…!!』
女王アクアールに引けを取らない凄まじい気迫さで彼女を黙らせ、外に出られるよう誘導したヴォルトス。本当に何一つ語らなかった彼に対して疑問しか感じざるを得ない中でオルティナは…
(額にあったあの紋章…あれは間違いなく、ファクティスの手の者だ…忌々しい奴らめ…いったいどういうつもりで私を…まさか、私を助けたことで、あの方に借りを作ったつもりか…?!)
膨らむ妄想が次第に怒りと殺意に変わると同時に「リンクを生きたまま捕らえる」という命令に背いた罪悪感がオルティナの胸を締め付けた
本能に従うか?理性を保つべきか?
天秤に掛けた答えは、意外とすぐに出た
(申し訳ございません、キョウ様…やはり私は、貴方様に何と言われようと、命令に従うことは出来ません)
オルティナはゆっくり、一歩一歩と踏み出す
(ドラゴンの力?ファクティス?…ハッ…上辺だけの偽善者共め…これ以上、あの方の創造する未来を邪魔することは許さないっ…あの方の心を惑わせるお前達を、私が一人残らず消し去ってやるっ…!)
主の為に、自ら退路を絶った女の一途な忠誠心は
狂気を秘めた炎となって、メラメラと赤黒く燃えていた
ーーー
砂漠で出会った少年ソラと共にガイアを目指すシン達
オアシスで水分補給したおかげで一行の足取りも
だいぶ軽くなっていた
「ねぇソラくん!単刀直入に言うけど…なんで君、故郷を離れてたの?」
「出稼ぎも兼ねて武者修行してました」
「武者修行?」
ソラが武者修行の為に故郷を離れたのはおよそ二年前
実は、彼がまだ幼かった頃に父親が不慮の事故で命を落とした
それにショックを受けた母親は父に変わって働きに出るも、日に日にやつれていく中で不治の病を発症。今ではまともに動けず誰かの介助なしではまともに動くことが出来ないほどの状態で伏していた
「そうなんだねぇ…って、ソラくん?君が家を空けたら、お母さんの介助は…」
「はい、優しい商人さんや近所に住む人達に助けてもらってるんです」
「商人だと?」
武者修行を始める数日前に街で稼ぎに出ているところを、偶然会った商人がソラと母の状況を憂いて救いの手を差し伸べてくれた。その恩を返すとしてソラは商人の護衛として力になるべく、外の世界を知り身を守る方法を各地を歩きながら学んでるのだという。近所の住民達も彼を応援したいとして、母の助けになってくれているのだそう。そして今日は、母の顔が見たい一心で里帰りし、今に至る
「商人さんにも、お優しい方がいらっしゃるのですね」
「まぁ、明らかに見返りを求めてるがな」
「いいんです。母さんの病が少しでも和らいでくれれば…元気でいてくれれば…俺はそれで…」
「ソラ…」
ソラの純粋なほど真っ直ぐな笑みにシンは微笑ましく思う傍ら、心は何故かチクチクとトゲが刺さったような痛みが広がることに違和感を覚えた…かと言って、
今は
まだ…そこまで気に止めることはなかったその後、一行は黙々とひたすら砂漠を歩き
青かった空が茜色に染まり始めていた頃
「はぁ……あ、み、見え、た…見えた!見えました!みなさーーーんようやく
先頭切って歩いていたソラの歓喜の声に、シン達は疲れが吹き飛んだようにパッと目を輝かせながら小走りすると
「わあ…!!」
同じ砂の色で統一された遺跡のような美しい外観と強固な城壁に囲まれた【地の都市・ガイア】その中で最も大きく目立つように建てられた、王の住まいであるブロンズ宮殿はこの街の外からでもハッキリと見えるほど
「す、すごいです!砂漠の中にこんな美しい都市があるだなんて!」
「あたしも、初めて来たのですごく感動しました…!」
「俺も…すげぇ感動したよ…っ」
広大な都市に心が踊り、目を輝かせるシン達
初めて見た時の高揚感はいつまで経っても変わらないのだ
するとソラがハッとした顔で尋ねてきた
「あの!皆さん、これからどちらへ向かいますか?」
「宿があったらそこで休む予定だけど?」
「…!でしたら!俺の家で休んで行きませんか?助けてもらったお礼もしたいと思いまして…」
「え、いいのかい?」
「もちろんです!母さんも、きっと皆さんを歓迎すると思いますよ!」
「い、いえいえそんな…そこまで気を遣わなくても…んぐっ!」
「あーら嬉しい~♪せっかくだしお邪魔しちゃうわ~♪」
「ア、アンさん…!?」
強引にミールの口を塞いで提案を受け入れるアンだが
それは決してただの思いつきではなく
「…宿屋や野宿よりはずっといいじゃないの♪宿代も飯代も払わなくていいし、しかも今後の旅の作戦会議するにはちょうどいいと思わない?」
「なに平然とした顔で言ってんだ。人様ん家をなんだと思ってる」
かなり身勝手な言い分を突き付けるアンに
すぐさまツッコミを入れるナッドであったが…
「遠慮しないでください!家の中は俺と母さんしかいないので皆さんの休める場所くらいは確保できますよ!」
「い、いえ、そういう問題じゃ…」
「当の本人がそういうのなら、それで良いのではござらぬか」
「え、サイゾウさん?」
アンとソラの意見に賛成したのは意外にもサイゾウであった
「サイゾウさん…急にどうして」
「申した通りにござるよシン殿…それに、先程ソラ殿が申した恩人たる商人について、何か分かるはずでござるからな」
「え?商人…っ…」
呟くようにそう伝えるサイゾウの思惑にシンはすぐさま察しがついた。なぜならシンも同じ疑問を抱いてからだ。なぜ、一介の商人がごく普通の少年であるはずのソラとその母親を助けたのか?何か弱みを握ってるのか?それとも、本当にただの善意で彼らを助けたのだろうか…?この世界の商人にとって善意から来る人助けとは、利益以前にリスクがあまりにも大きい…それを承知した上で受け入れてるのなら尚更何を企んでるのか…正直、理解に苦しんだ
理解に苦しむからこそ突き止めたくなった。商人の正体を…そう考えるサイゾウに、シンは
「はは…いつもながら恐れ入ります…」
「褒め言葉として受け取っておくでござるよシン殿」
妖艶に微笑むサイゾウに苦笑いを浮かべて感心するシン
自分だと考え過ぎに感じることを
彼は当たり前のように感じてくれていた
(…ほんと、あの人が味方で良かったよ)
あの時、敵同士のままだったらどれだけ恐ろしい存在だったことか…そう思うと、彼が味方になってくれた事がつくづく心強いと思うばかりのシンであった
……街に入ってから数十分
明るく賑やかな大通りから外れてすぐ、暗い影を落とすかのように廃れた住宅ばかりが並ぶ道に入った。ソラ曰くここは「裏街道」と呼ばれる街で、ゆく先々でガラクタなどが点々と落ちており、人の気配が全く感じられないほど誰も外に出ておらず、カラスの鳴き声だけがただただ聞こえるこの異様な空間に先程とは違う意味で息を呑むシン達
「な、なんか…妙に静かだね…」
「ここは、ガイアで最も身分の低い人が住む街で、最低限の暮らしがギリギリ出来る場所なんです」
「最低限の、暮らし…」
「はい…でも、母さんの話によると…昔に比べて少しはマシになったと言ってました…長い間続いてた奴隷制度を、今の王様が撤廃してくれたおかげで、俺も母さんも奴隷にならずに済みました」
「今の王様が?」
「はい!」
「…」
ここで暮らしてきた人々の壮絶な記憶が刻まれるこの街
忌まわしき掟から解放されたあとも、誰もが明日を生きるために…幸せになるために、己の身を削り続けていた…ソラも、爽やかな笑顔の裏でひたむきに戦ってきたことだろう
「…さっ!着きましたよ!」
ようやくソラの自宅に到着したシン達。
しかしソラがふと自宅が妙に明るいと言って
扉を開けようとしたそのとき
ガチャ!
「わっ!」
「あ、あら?あなたは…あ、もしかしてソラちゃん?」
「おばさん!お久しぶりです!」
「まぁ久しぶり!すっかり逞しくなったわね!うふふ」
扉が勝手に開いた先に現れたのはソラの知り合いと思われる、笑顔の可愛らしいふくよかな女性であった。
「ちょうど良かったわ。いまお母さんに食事とお薬を飲ませて安静にさせたところだったの」
「そうなんですね!いつもありがとうございます!」
「うふふ、いいのよ。困った時はお互い様よ…あらソラちゃん、そちらのお客さん方は?」
シン達に気づいた女性にソラが経緯を軽く説明した
それを聞いて女性は微笑ましそうに納得した後、お辞儀してその場を去るのだった
「いい人そうだね」
「はい、母さんが昔から世話になってる人で、俺のことも小さい頃から可愛がってくれるし、仕事のことも応援もしてくれてるんです」
「そっか」
ソラの人柄を理解したところで
シン達は彼に導かれて家に上がった
「おぉ…二人で暮らすにしてはちょっと広いな」
「これだけ広いのなら、何の問題ないのも納得ね」
「皆さんはこちらでくつろいでてください。俺は2階にいる母さんに挨拶してきますので!」
「あ、俺達も行くよ。挨拶もなしにくつろぐなんてさすがに失礼だろ?」
「…!…わかりました、どうぞ!」
ソラの案内で二階の部屋にいるとされる母親の元へ
コンコンっ!
「母さん、俺…ソラだよ…今起きてる?」
『…その…声は…ソラ、ソラなの?…入って』
「うん」
ガチャッ!
「ソラ…!」
「ただいま、母さん」
「あぁ良かった…ソラ…大丈夫?どこも怪我はしてない?」
「えへへ、この通り…もう元気元気!だよ!」
「まぁ…この子ったら」
白いベッドの上で横たわっていた体を起こしたのは
笑顔で再会を喜ぶソラの母
ソラも安堵したように笑顔を浮かべて笑い合っていると
「!…あら…お客様?」
「こ、こんにちは」
「もしかして、ソラのお友達?」
「え、えぇと…」
「紹介するよ母さん、この人たちは俺を助けてくれた恩人でシンさん、リンクさん、サイゾウさんにアンさん、ミールさんにケイさん、それからナッドさんだ」
「まぁそうなの…初めまして、ソラの母のアセビです。うちの息子がお世話になっております」
「ど、どうもこちらこそ!よろしくお願いします…」
シン達を見て何の戸惑いも警戒もなく
むしろ優しく迎え入れるように
微笑みながら挨拶するソラの母・アセビ
今ある幸せを強く噛み締める親子の姿に
シンは幼い頃の自分と亡き母の姿を無意識に重ねた
『おかえり、シン!』
『ただいま!かあさん!』
『あーぁ…また泥んこになっちゃって…今日は何して遊んでたんだい?』
『えへへ…あのね…』
【終】