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文字数 1,176文字

   Ⅶ


<アウターガイア>旧市街地にある建物二階の小部屋の隅、暗闇に身を潜めながら霧子は歯噛みしていた。

 表の通りでは、爆撃のような音が幾度も響いていた。怪物がその巨体を建物に打ち付けてくる音だった。まるでお菓子の缶の開け方を知らず、力任せに地面に叩きつける癇癪持ちのようだ。
 攻撃は執拗で、さらに悪いことに轟音が霧子が息を潜めているこの建物に向かって、着実に近づいていた。

 自分が下手を打ったことに対する後悔はもう感じていなかった。というより、右足を襲う激痛が余計なことを考えさせるのを許さなかった。

 すぐ隣の建物から衝撃音が轟く。
 思わず胸に引き寄せた拍子に、右足にまたぞろ金槌で叩いたような痛みが走る。
 裏路地で頭上から落下してきたがれきは致命傷を与えこそしなかったものの、反応が遅れた霧子の足をしっかりと捉えていた。
 骨が折れたのか捻挫で済んでいるのかはわからなかったが、履いていた丈の長いブーツをひとりでは脱ぐこともできそうにない。

 耳にはめていた通信用のイヤホンもどこかに落としてしまったが、霧子が生きていること、そして窮地に立たされているということは、監視映像によって高岡たちも把握してくれているはずだ。
 ここで待っていれば、彼らが自分を助けにきてくれるだろうか。

(まさか……)自分でも驚くような甘い考えを打ち消しながら、霧子は苦笑を漏らした。

 懇意にしているとはいえ、高岡もまたレギオン殺しのプロだ。個人的な情に流されて要らぬリスクを負うことはしまい。
 死地にとり残されたのは代替の効く傭兵風情なのだ。死んだらまた次を探せばいい。そもそもこの仕事に独りで臨んだのは、ほかでもない霧子自身なのだ。

 傭兵としての芯すら失ってしまいそうになっていることに気づき、霧子は絶望が胸に押し寄せてくるのを感じていた。
 諦念を完全に受け入れたわけではなかった。かといって、現状を打破できる名案があるわけでもなかった。おまけに身体も満足に動かないのでは、講じられる策も限られてくる。

 勇三がこちらに背中を向けた姿が目に浮かぶ。

「わたしもヤキがまわったな」

 つい口をついた弱音に情けなさをおぼえる。声に出したところで、それを聞く者の助けを期待することはできないのだ。それでもこうした言葉を口にするのは、確実な死を前に自分を納得させようとしているからなのか。

「今度はもう少し、長生きできると思っていたんだがな……まあ、おおむね心残りはないか」

 言いながら、霧子は右手に視線を落とした。

 その小さな手に握られた拳銃を、彼女は初めて目の当たりにしたかのようにまじまじと見つめた。
 拳銃は、引き金を引けば過たず弾丸を放つだろう。そこに持ち主の意志の強さや弱さ、敵と自分自身のどちらに向けるかなどは関係無い。
 この道具は、ただ己の役目を果たすためだけにここにあった。
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