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文字数 853文字

 端末を操作して、首輪の開発者にふたたび連絡をとろうとする者は誰もいなかった。
 訊きたいことはみんな訊くことができたという実感があったし、それ以上に、あの男に連絡をしたところで二度と繋がることはないと思えたからだ。
 すべては夢のようなものだった。

 それでも現実は待ってくれなかった。
 店の外の狭い空間に差し込む陽の光は、急速にその勢力を衰えさせている。

「とにかく急がないとな」口を開いたのは勇三だった。「難しいことはわからねえけど、とにかく早いとこトリガーを見つけないとやばいんだろ?」
「ああ」頷いた輝彦は端末を操作してから舌打ちをした。「SNSのほうには大した情報は入ってないな」
「こっちから情報を募ってもダメか?」
「普通の迷い犬だったらありかもしれないが、事情が事情だ。拡散するのは最後の手段にしよう。とにかく情報が入るのを待って、あとは足で探すしかない」

 勇三たちはカウンターを離れた。だが、スツールを降りかけた霧子を、輝彦が押しとどめる。

「霧子さんは、首輪と一緒にここで待っててください」
「だが……」
「おれたちはこの店を中心に探してきます。そうすればトリガーさんが見つかったとき、霧子さんに首輪を持って駆けつけてもらえる」

 霧子を気遣う機転もあったのだろうが、輝彦の言い分は効率を押さえてもいるように思えた。
 たとえば、首輪を持った人間とは反対方向でトリガーが見つかった場合、そこに到着するだけでも大きなタイムロスが生じてしまう。
 霧子もこの方法に理屈では納得しているようだったが、やはり気持ちは焦っているようだった。
 だがそんな彼女に、輝彦はこう続けた。

「それに、もしかしたらトリガーさんがここに帰ってくるかもしれません。ここだって、トリガーさんにとって思い出深い場所ですから。もしそうなったら、霧子さんが出迎えてあげてください」

 霧子はなにかを言いかけたが、やがて口をつぐんでゆっくりと頷いた。

 店を出た勇三と輝彦を、オフィスビルの壁を赤々と照らす夕日が出迎える。
 事態は一刻を争う状況だった。
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