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文字数 1,387文字

   Ⅵ


 そこは巨大な世界だった。

 先ほどまで激しい振動とともに下降していた昇降機が途端に静かになり、足が竦むような高度を滑らかに降りていく。まるで羽ばたくことなく空中を飛ぶ猛禽類にでもなったような気分だった。

 眼下に拡がるのは、大小さまざまな建物が乱立した街並みだった。下半分を光で照らされたビル群がどこまでも続いている光景は、さながら巨人の墓地のようでもある。
 昇降機が途轍もない速度で地底に向かっているにも関わらず、遠くのほうに見える高層ビルは静止しているようにしか見えない。
 果てしない地平を前に、勇三はここが地下であることを一瞬忘れかけた。

 地下世界のどこかで乾いた音がする。ビルの谷間を反響する音はお祭りの縁日などで手に入る爆竹を連想させたが、直後に同じ方角で爆炎があがったのを見て思い直した。
 縁日などよりももっと似通った状況を、朝のニュース番組越しにたびたび目にすることがあったからだ。

 世界のどこかの紛争地帯で繰り返されている戦闘。その緊迫の様子を現地の取材班がカメラにおさめ、遠く離れた平和な場所へと送り届けてくる。
 あの画面越しに観るきな臭い別世界と、ここはそっくりだった。

 その直後、勇三の考えを証明するように一機のヘリコプターが目の前を猛然と横切っていた。暴風を巻き起こす巨大なローターがちっぽけな自分をあざ笑うかのように空気をはたき、ヘリコプターは見る間に小さな点へと縮んでいく。

「ここは……」

 無意識のうちに金網を握り締め、勇三は呟いた。
 その隣に少女が立つ。身長が百七十センチと少しの勇三に対して、少女の背丈はそれよりたっぷり三、四十センチは低い。彼女はもう銃を握っていなかった。

 目の前のあまりの光景に、勇三はもはや少女に警戒心を持つことを忘れていた。
 少女もまた、この馬鹿げたほど広大な地下世界を見てから勇三を見た。灰色の瞳には感情が戻っていた。

「<アウターガイア>……それがここの名前だ」
「なんだって?」

 勇三の質問をよそに少女が続ける。

「半世紀以上も前の東西冷戦の時代、全面核戦争に備えて建設された巨大な核シェルターだ。それも政府高官、官僚、その他の各種要人及び先生方御用達のな。一都四県をまたぐ総面積はおよそ一九八〇平方キロメートル。ドーム状の天井は高いところで二〇〇〇メートルある。いちばん浅い部分でも地表からおよそ三キロあって、バンカーバスター……つまり地面を貫通して爆発する弾頭すらも無効化できるほど強固な地殻の中に建造されている」
「秘密の隠れ家ってところか」勇三は細々した数字は無視して言った。
「そんなところだ。偉い人たちはみんな、おっきな爆弾が怖いらしい。もっとも、この国の過去を振り返れば無理もない話だが」
「なんでおまえはこんなところ出入りしてるんだ?」
「そうだな……念願の隠れ家も完成してめでたしめでたし。ところがこの国は核兵器とはもっと別の、新たな脅威にみまわれた。それがいまからちょうど三十年前」
「脅威?」
 少女は頷くと、「わたしはこれから、それを排除しにいく。いや、駆除というべきかな」

 勇三は首をかしげた。少女の説明は長ったらしいわりに、いまいち要領を得ない。
 その視線に気がついてか、少女は勇三に肩をすくめてみせた。

「まあそのうち、嫌でもわかるさ。だからこうしてみんな話した」そう言って勇三の隣を離れていく。
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