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文字数 1,340文字

 そのとき、ひとりの男が雑居ビルの中からあらわれた。それまでのどこか気の抜けていた空気に緊張が走る。

「あ、高岡だ……」そうした雰囲気のなか、男の姿を見た勇三は思わず呟いた。

 その言葉を耳にしてか、高岡が勇三を鋭く睨みつけたあと、その視線で周囲を見渡した。
 喪服のようなスーツ姿も相まって、いかつい男たちが黙り込む。

 高岡の口が発したのも、やはり英語だった。
 勇三は眉をひそめながら一心に耳を傾けたものの、言葉の端々に出てきた数字ぐらいしか拾い上げることはできなかった。

 中学高校と学んだ経験は、ここではなんの役にも立たなかった。
 高岡の英語に残った、どこかおおげさでたどたどしい発音が余計に悔しさを募らせる。

(なんだよ、あいつだってそこまでうまくないじゃねえか)

 腹立ちまぎれにそんなことを考えているうちに説明が終わり、高岡はビルの中へと引き返していった。その後ろを、四人の男たちがついていく。
 外に残ったのは勇三とヤマモトたち、それからここに向かう途中で見かけたスキンヘッドの男と、彼を取り巻く三人だけになった。

「なあ、あいつはなんて言ってたんだ?」勇三がヤマモトに訊ねる。
「あいつ?」
「高岡だよ、あのスーツの」
「あの局員、そういう名前なのか?」

 頷く勇三にヤマモトが嘆息する。ドーズとヘザーはふたたび談笑に戻っていた。

「トリガーさんだけじゃなく<特課>にも顔がきくんだな」
「べつに、おれもこのあいだ初めて顔を合わせただけだよ。で、あいつはなんて?」
 ヤマモトは雑居ビルをあごでしゃくると、「なんてことはない、<特課>の兄ちゃんが言ってたのは『下』への降り方さ。こんだけごつい男どもが集まったんじゃ一度に全員はエレベーターに乗れんからな。四人ずつ降りていくんだと……で、降りたら送迎用の車両が待ってるんだとさ。それに乗ったら楽しいピクニックのはじまりってわけだ」

 やがて自分たちの順番がまわってきた。
 雑居ビルへと向かう勇三は、唐突に自分が孤独であることを理解した。

 いままでは、守ると請け合ってくれた霧子がいた。
 厳しくも、ときに暖かく見守ってくれるトリガーもいた。
 それに、自分と日常を最後につなぎ止めてくれる学校の友人たちもいた。

 だがここに、彼らはいない。
 ここにいるのは得体の知れない優男と、言葉の通じない殺人サイボーグのような連中だけだ。

 ふと視線を上げると、あのスキンヘッドの男と目が合った。
 男は視線を逸らすことなく、むしろ威嚇するようにこちらを睨みつけてきた。根比べに負け、勇三は静かに顔を下に向けた。

 雑居ビルに入るとすぐに、薄暗い蛍光灯で照らされた短い廊下が伸びていた。靴底がこすれるたび、赤いリノリウムの床が耳障りな音をたてる。
 その突き当たりにあるエレベーターの扉の前で、高岡がひとりで立っていた。先に入っていった男たちの姿はどこにもなく、廊下の途中には部屋もない。

 高岡がボタンを押すと、エレベーターの扉が開く。促されるままヤマモトが箱の中へと入り、ドーズとヘザーもそのあとに続いた。

 三人のあとを追って乗り込もうとした勇三の肩を、高岡がつかむ。

「せいぜい頑張れよ、クソガキ」

 言い放つ高岡の手を振り払うようにして、勇三はエレベーターの中へと進んだ。
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