文字数 1,383文字

   Ⅲ


 輝彦が<エンド・オブ・ストレンジャーズ>の一員として参加した初仕事は、結果的に言えば利益よりも損失のほうが多かった。
 あの四足歩行のレギオンはスピードこそ驚異的ではあったものの、階級で言えば下から二番目のゴブリン級だったため、受け取ることのできた報酬がわずかなものだったからだ。おまけに特注品である霧子の拳銃の修理には金と時間がかかりそうで、<コープス>としてはしばらく開店休業を余儀なくされた。
 当面のあいだは、口座に残った額だけで食いつないでいくしかない。

 傭兵稼業と貯蓄。親和性があるとは言えないふたつの組み合わせに、トリガーは思わず苦笑を漏らした。

 それでも得たものが無かったわけではない。
 トリガーは輝彦の略歴を見るにつけ、そうも思った。

 高岡を通じて集められた輝彦に関する情報は、その有能さを随所で証明していた。目立った戦果や知名度こそ無いものの、この若い<グレイヴァー>はひとつひとつの仕事を驚くほどの着実性でもってこなしていた。さらにはそのどれもが<コープス>などの集団に属してあたったものではなく、すべて独力で遂行されたものだった。
 つまり照輝彦という<グレイヴァー>は単独でレギオンと渡り合い、勝利をおさめることができる持ち主であるということだ。
 ときに失敗しないということは、目覚ましい活躍を遂げるよりも価値のあることだった。

 とはいえ、そんな輝彦と勇三のふたりで<アウターガイア>に潜ることを、霧子は了承しないだろう。そうした理由からも、収入はゼロになっていた。

 武器の修理代に<サムソン&デリラ>の賃貸料、それから当面の生活費……とはいえ、街のゴロツキ相手に霧子がやっていた「副業」を復活させる気は毛頭無かった。
 ふたたび<アウターガイア>で戦う決意をした勇三との約束もあったし、なによりトリガー自身が霧子に犯罪まがいの行為をさせたくなかった。

〝あの女にやられた〟

 銃が壊れた理由について、霧子はただひとことそう言っただけだった。
 長い付き合いのなかで、霧子が「あの女」と呼ぶ人物をトリガーはひとりしか知らない。当面の食い扶持以上に、沢城蒔子の存在とその背後に息を潜める薄暗い予感に、トリガーの気分はさらに憂鬱になった。

 身を置いていたスツールの座面がぎいぎいときしむ。
 床との固定が緩んでいるのか、数日前からトリガーがこの上で身動きするたびにこの音が鳴り、全体も不安定に揺れていた。

(近いうちに手を加えねばなるまい。金と時間にもっと余裕ができたらの話だが……)

 そう考えながらまわりを見渡してみると、店の中はあちこちが痛んでいた。こんな場所を高額で貸しておきながら修繕のひとつもしないとは、なんと意地こ悪い会社だろうか。

「愛しくとも、古き我が家か……」今度はそうひとりごちた。「ハロルドくん、水を一杯くれないか?」
「アイヨ、オヒヤイッチョウ!」

 注文に応じ、カウンターの向こうでロボットがボウルを取り出す。
 霧子は買い物に出かけており、勇三と輝彦は登校している。
 自分とロボットだけが来客の無い店番をする、梅雨明けのよく晴れたのどかな昼下がりだった。

 なかばバランスをとるようにして揺れていたスツールの足元で、なにかが割れる音がしたのはそのときだった。
 次の瞬間スツールが大きく傾いたかと思うと、トリガーの眼前に床が迫ってきた。
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