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文字数 1,018文字

「始まったか」リュックに道具をしまいながら霧子は言った。
「なんなんだ、いまの放送?」

 訊ねる勇三のこめかみから頬にかけて汗が落ちる。今朝からあれだけ蒸し暑かったというのに、いまは背筋を寒いものが走っていた。

「今回の標的は獲物が密集したところで狩りをする習性があるそうだ。だからこの学校に出現する確率が高い。そこで問題が生じるが、なんだと思う?」
「これだけの人間をどう守るか、か?」
「それもあるが……いかに情報と安全を管理するかが重要なんだ。考えてもみろ。この広い敷地内のいたるところにいる人間全員を見張ることなんてできると思うか? 監視システムのある<アウターガイア>ならまだしも、この地上でだ」

 勇三は霧子の脇を通り過ぎると、鍵のはずれた鉄扉を開けて屋上に出た。さらに強さを増した雨が打ちつけてきたが、構わなかった。
 屋上の端まで行くと、制服を着た集団が列を成して体育館に移動していくのが見えた。

「いちばん手っ取り早いのは、守る対象を一か所に集めてしまうことだ」勇三の横に立った霧子が言う。「理由なんてなんでもいい」
「けどよ……もしもあそこにレギオンが来たら?」
「そうさせないための、わたしたちだ」

 一般人を守りやすくするため。そうした理由は当然あるのだろうが、勇三には生徒たちを吸いこんでいく体育館が巨大な餌箱にしか見えなかった。

「あんなの、まるでおとりじゃねえか!」
「そうかもな。だが、あちこちに散らばる人間全員を守ることはできない。みんなを危険にさらすか、誰かを見殺しにするか、ふたつにひとつだ」腕を組んだ霧子の視線はこれまで以上に鋭くなっていた。「腹括れよ、勇三。わたしたちが突破されたら、惨劇どころの騒ぎじゃない」

 ふたたび地上を見やる勇三の目に、啓二と広基の姿が見えた。談笑していたふたりは一瞬だけ横顔を覗かせると、それきり渡り廊下の屋根の下に姿を消してしまった。握りしめていた安全用のフェンスが、勇三の力によって潰され、ひしゃげていた。

「裏門のほう見てくる。なにかあったら知らせてくれ」

 言いながら勇三はポケットにしまってあった<グレイヴァー>用の個人端末を起動し、耳に差し込んだイヤホンをはめ直した。この瞬間にも怪物が裏門を乗り越え、校庭の隅にある雑木林などに足を踏み入れるのではないかと考えると、気が気でない。

 一階の昇降口に向かって階段を降りながら、勇三はいつでも拳銃を抜けるように学ランのボタンをはずしていった。
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