文字数 1,014文字

「よお、あんたか。まあ座りなよ。約束の品だろう? わかってるよ。そのまえになにか飲まないか?
 そうかい……注文を、コーヒーをひとつ。それと、彼に灰皿をよこしてやってくれ。へえ、マルボロか。おれはもうやめて二年になるな。
 ああ……いや、いい。あんただけで吸ってくれ。『悪癖と女房とはできるだけ早く手を切ったほうがいい』ってな。おれの信条さ。もっとも、女房とはまだ一緒だがね。まったく皮肉なもんだ。この国に来てはじめて、離れて暮らす家族のありがたみがわかったんだからな。
 だからいまのは冗談……ああ、ありがとう。そこに置いてくれ……うん、いい香りだ。物価の高さにさえ目をつぶれば、この国も捨てたもんじゃないな。治安はいいし、穏やかな連中が多い。あんたもここなら仕事がしやすいんじゃないか?
 おっと、ブツの話だったな。それにしても、こんなもの持ち込んでなにするんだか。さ、中身を確認してくれ。おれも見せてもらったが……おいおい、恐い顔するなよ。小遣い稼ぎとはいえ、荷に間違いがないか確かめる義務があるんだ。そいつもおれの信条さ。副業だろうと、半端仕事はしたくない。
 それで……いい銃だな。マカロフのほうもよく手入れされてるが、なによりそっちの四十五口径が見事だ。おれみたいな素人が一目見てもよくわかるぜ。どうだい、手間賃さえもらえればいくらか弾を都合できるが?
 そうかい。ま、あんたさえよければまた力になるぜ。
 もう行くのか? なああんた。あんたがこの国でなにをするつもりか知ったこっちゃねえが、せいぜいハメをはずし過ぎないようにな」

 この国に駐留している外国軍の下士官から受けとったケースを手に、男は人々で賑わうオープンカフェをあとにした。
 身長は百八十センチを越え、この国の平均よりも頭ひとつ抜け出ていたが、すれ違う人々が横目でこの男を見たのはその体格が理由ではなかった。

 夏を目前に控え、世間が薄着をしだすなかではおった厚手の黒いコート。それが周囲の視線を集めていたのだ。
 その背中には、黒地から白で抜き取ったようにシンボルが描かれている。十字架を四つ、放射状に組み合わせたような形だ。
 そのシンボルの上で揺れる男の長い銀髪もまた、人々の目を奪う要因だった。

 髪が、コートが、そして煙草の煙が風になびいてゆく。男はさらに歩調を早めた。
 春の終息とともに、風はその熱をさらに増していった。

『ReaL -十二使徒編-』に続く。   
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