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文字数 1,042文字

 勇三はよろめく足をライフルで支えながら立ち上がった。

「勇三!」がれきの向こうから霧子の声が響く。「無事か?」
「ああ、なんとか……」

 言いかけた勇三は背後の気配に振り返った。

 街灯の光が届かない闇から、怪物の姿が浮かびあがる。
 背は子供のように低く、足は短い。全身は青黒いなかに紫がかった肌色をしており、部分的に静脈とも動脈ともつかない太い血管が浮き上がっている。
 目は深海生物のように退化していて、頭部はつるりと禿げ上がっていた。分厚いイボだらけの唇は、笑みを浮かべるように歪んでいる。
 醜悪な見た目のなかで唯一、両手の指から生えた長い爪が、危険で洗練された光を放っていた。

 怪物は一体だけではなかった。そこかしこの暗がりから浮き上がるようにあらわれてくる。
 がれきを背にライフルの照準をうろつかせていた勇三は、気づけば十体以上の怪物に囲まれていた。

「勇三」がれきの向こうから霧子の言葉が届く。「いるんだな?」
「ああ」勇三は静かに答えた。

 そのあいだも怪物たちはじりじりと、ペンギンのような歩き方で距離を縮めてきている。
 背後のがれきをよじ登ろうかと考えたが、勇三はすぐに思い直した。のぼっている途中で崩れないともかぎらないし、下敷きになろうものなら今度こそ身動きがとれなくなる。怪物が背中を見せた獲物をみすみす見逃すとも思えなかった。

 勇三は引き結んでいた口を苦労して開くと、短く息を吐いた。

「おい、霧子!」それから怪物を睨みつけたまま叫ぶ。「なるべく早く追いついてくれよ」

 霧子の返事を待たず、勇三は怪物の群れへと駆け出した。

 つまりこれは不良相手の喧嘩と同じだ。これまでの経験でも、相手が自分よりずっと多い場合は幾度となくあった。
 勇三はそんなとき、まず敵の包囲網を破ることを第一に考えた。自分の戦いやすい状況に運ぶことが、彼の経験則から導き出された答えだったからだ。

 怪物の群れに一箇所、切れ間が見える。ほかの怪物同士の隙間よりも空間が大きく開いていたのだ。勇三はそこを目指していた。

「待て!」

 耳につけたイヤホンから叫ぶような声が聞こえたが、いまさら止まることはできない。

「行くな勇三! 罠だ!」

 その声がトリガーのものだと気づいたときには、勇三は怪物のすぐ横をすり抜けていた。
 すれ違いざまに振りかぶられた怪物の爪が、服をわずかに切り裂く。地面を転がるようにして包囲網を突破し、勢いそのままに街路を走り出した。

 背後で銃声が聞こえたときには、がれきから大きく離れていた。
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