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文字数 1,164文字

「そんな……」霧子がそれきり絶句する。
「じゃあ、トリガーはもう戻らないってことかよ?」勇三も掠れそうな声で訊ねた。
「いずれはな」

 男の言葉に、三人はいつの間にか俯けていた顔を上げた。

「装置がはずれてすぐに自我が失われるってわけじゃない。誤解させちまったかもしれんな。調整器を着けてきた年月が長いと、魂が完全にほどけるにはある程度の時間がかかるんだ」
「つまり手遅れになる前に装置を付け直すことができれば、トリガーさんの人格は戻ってくるってことか?」
「そういうことだ」誰ともなく安堵のため息が漏れるなか、男は続けた。「装置がはずれたのはいつごろかわかるか? ああ……もちろんこれは仮の話だが」
「今日の十四時半頃だ」輝彦が答える。ハロルドくんが記録した映像からの情報だった。
「となると……せいぜいもってあと二、三時間ってとこだな」男が言う。「あくまで概算だが、それ以上ということはまずないだろう。むしろもっと短いかもしれない。いいか、リミットを過ぎたら最後、装置を着けても元の自我が戻る保障はないからな」

 一同が店内の壁にかかった時計を見る。針は午後四時ちょうどを指していた。

「十九時……日暮れまでがタイムリミットか」輝彦が時計から端末に視線を移す。「わかった。色々助かったよ。ところでこれはあなたのためでもあるんだが、おれたちとここで話したことはくれぐれも――」
「わかってるよ」男が遮る。「それがあんたたちのやりかただからな。いいさ、思わぬところで結果報告をもらえたんだ。それで満足するよ。そうか、成功していたんだな……」

 男の言葉に、勇三は直感していた。
 ひょっとすると、彼はずっとトリガーの行く末を気にかけてくれていたのではないか。だからこそ、首輪の裏に暗号まで仕込んでいたのではないか、と。
 もっともこれは単なる思い過ごしかもしれないし、それを確かめるすべはない。それでも勇三は、この男の人柄に対して淡い期待と好意を抱いていた。

「ああ、あとこれは参考程度に留めておいてほしいんだが」と、男が続ける。「自我がばらばらになりかけても、記憶ってのはおぼろげだが残るもんだ。こっちは特に脳の機能に依存しているところが大きいからな。だからトリガーにとって思い出深い場所があれば、もしくはそこに足を向けるかもしれない。あくまで仮定の話だし、まったく見当違いかもしれない。だが……ああ、くそ。おまえたちなら役立ててくれそうな情報だから伝えておくよ」
「覚えておくよ」そう応じたのは霧子だった。
「とにかく話は終わりだ!」男がぴしゃりと言う。まるで語気を強めることで照れ臭さを紛らわしているかのようだ。「時間は待っちゃくれないからな。いいか、日暮れまでだ。忘れるなよ」

 見つかるといいな。そう言い残した男は、勇三たちの返事を待たずに通話を切った。
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