28
文字数 1,259文字
うなだれる女性へと、怪物がゆっくりと歩み寄っていく。これからなにが起きるのか想像もつかなかったが、けして良い事だとは思えなかったし、サエはその光景を目にしたくはなかった。
女性の両肩を怪物の大きな手がつかむ。
直後怪物の背中、首筋の付け根あたりが爆ぜ、血が噴き出した。同時に聞こえたのは、先ほど女性が銃弾を放ったときの音にそっくりだった。
突如襲いかかった痛みに怪物が女性を解放し、新しい傷口を押さえながら背後に数歩たたらを踏む。その向こう側に降り立ったのは、白いワンピースを着た小柄な少女だった。
まるで空から降ってきたかのような彼女の両手には、服装とは対照的に光を吸いこむような黒をした拳銃が握られている。
ふたたびの銃声とともに、糸のような煙が四筋立ち上った。身体に次々と穴を空けられていき、怪物が苦悶の声をあげる。
だが、攻勢もそこまでだった。
逃げようと背を向ける怪物を追おうとした少女が、突然崩れ落ちたのだ。転んだ、というより背後から殴り倒されたような動きだった。
事態はまったく呑み込めなかったが、怪物がこちらに駆けてくるのだけは理解できた。
「友香! 立って!」
叫びながら抱いていた肩を持ち上げようとするが、すっかり脱力していた友香の身体はなかなか動かなかった。おまけにサエ自身も思うように力が入らず、ふたりはもつれ合うようにぬかるんだ地面にふたたび倒れ込んでしまった。
それでも歯を食いしばって立ち上がると、友香をどうにか抱き起こした。転倒が奏功して我に返ったのだろう。友香自身も今度は自分の力で立ってくれた。
「勇三! 別館の裏手、抜けるぞ! 生徒がふたり襲われてる!」
背後でそんな叫び声があがったが、サエに気にしている余裕は無かった。擦り剝いた膝が焼けるように痛み、髪の毛が張りついた頬は湯気がたつように熱い。
半ば這うような姿勢のまま、ふたりは別館をまわった先にあるグラウンドを目指した。体育館を目指さなかったのは、そこに行けばもっと沢山の人がひどい目に遭うという直感がはたらいたからだ。
だがこの逃走も長くは続かなかった。
ぐずぐずになった白砂に占拠されたグラウンドを十歩も進まないうちに、隣を走る友香が地面に倒れ込んだからだ。
また腰が抜けたのだろうか。振り返ったサエは、倒れた親友の姿に目を見開いた。
彼女の親友は全身を震わせながら、かたく食いしばった歯のあいだから泡を吹いていた。
「友香!」
思わず叫んだサエの視界がぐらりと大きく揺れる。
突然あらわれた壁が横っ面をひっぱたいてきたかと思い、そうではなく自分が地面に倒れたのだと理解するまで数秒かかった。
全身に力が入らない。まるで自分の身体にはまっていた電池を、誰かに抜き取られたかのようだ。それでもサエは最後の力を振り絞り、友香のほうへと手を伸ばした。だが彼女の手は親友のもとまでは届かず、地面をひと掻きだけしてぱたりと落ちた。
暗く影が占領していく視界のなか、意識を失う前にサエが見たのは、こちらへと近づいてくる怪物の姿だった。
女性の両肩を怪物の大きな手がつかむ。
直後怪物の背中、首筋の付け根あたりが爆ぜ、血が噴き出した。同時に聞こえたのは、先ほど女性が銃弾を放ったときの音にそっくりだった。
突如襲いかかった痛みに怪物が女性を解放し、新しい傷口を押さえながら背後に数歩たたらを踏む。その向こう側に降り立ったのは、白いワンピースを着た小柄な少女だった。
まるで空から降ってきたかのような彼女の両手には、服装とは対照的に光を吸いこむような黒をした拳銃が握られている。
ふたたびの銃声とともに、糸のような煙が四筋立ち上った。身体に次々と穴を空けられていき、怪物が苦悶の声をあげる。
だが、攻勢もそこまでだった。
逃げようと背を向ける怪物を追おうとした少女が、突然崩れ落ちたのだ。転んだ、というより背後から殴り倒されたような動きだった。
事態はまったく呑み込めなかったが、怪物がこちらに駆けてくるのだけは理解できた。
「友香! 立って!」
叫びながら抱いていた肩を持ち上げようとするが、すっかり脱力していた友香の身体はなかなか動かなかった。おまけにサエ自身も思うように力が入らず、ふたりはもつれ合うようにぬかるんだ地面にふたたび倒れ込んでしまった。
それでも歯を食いしばって立ち上がると、友香をどうにか抱き起こした。転倒が奏功して我に返ったのだろう。友香自身も今度は自分の力で立ってくれた。
「勇三! 別館の裏手、抜けるぞ! 生徒がふたり襲われてる!」
背後でそんな叫び声があがったが、サエに気にしている余裕は無かった。擦り剝いた膝が焼けるように痛み、髪の毛が張りついた頬は湯気がたつように熱い。
半ば這うような姿勢のまま、ふたりは別館をまわった先にあるグラウンドを目指した。体育館を目指さなかったのは、そこに行けばもっと沢山の人がひどい目に遭うという直感がはたらいたからだ。
だがこの逃走も長くは続かなかった。
ぐずぐずになった白砂に占拠されたグラウンドを十歩も進まないうちに、隣を走る友香が地面に倒れ込んだからだ。
また腰が抜けたのだろうか。振り返ったサエは、倒れた親友の姿に目を見開いた。
彼女の親友は全身を震わせながら、かたく食いしばった歯のあいだから泡を吹いていた。
「友香!」
思わず叫んだサエの視界がぐらりと大きく揺れる。
突然あらわれた壁が横っ面をひっぱたいてきたかと思い、そうではなく自分が地面に倒れたのだと理解するまで数秒かかった。
全身に力が入らない。まるで自分の身体にはまっていた電池を、誰かに抜き取られたかのようだ。それでもサエは最後の力を振り絞り、友香のほうへと手を伸ばした。だが彼女の手は親友のもとまでは届かず、地面をひと掻きだけしてぱたりと落ちた。
暗く影が占領していく視界のなか、意識を失う前にサエが見たのは、こちらへと近づいてくる怪物の姿だった。