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文字数 806文字

   Ⅶ


 太陽が、橋の上に長く伸びた欄干の影を落としている。

 ここまで片時も止まることなくやってきた霧子は息を整えると、火照った頬を風が撫でるに任せながら、その影を踏みしめるように橋の中程へと進んでいった。橋の両側には一メートルにも満たないような細い歩道が設けられており、背後からくすんだ色の軽トラックが一台、ゆっくりと彼女を追い抜いていく。

「ここから上流に向かった先に、勇三たちの学校があるんだ」風でなびく髪をおさえつつ霧子は言った。「今度、そっちのほうまで足を伸ばしてみないか? ふたりでゆっくりで、散歩でもしよう」

 彼女の問いかけに、トリガーがこちらを振り返る。
 舌を垂らして息をする彼の目には、人間的なものから犬としての理性と知性へと成り代わっていた。そのことに、霧子はひどい落胆と失意をおぼえた。

 そして同時に、不安も……手にした首輪に視線を落とす。
 これを着けることで、本当にトリガーが戻ってくるのか。すでに時間切れになっていないかを思うと、レギオンとの戦いでも物怖じしない彼女の足はかすかに震えた。

 返事をするどころか、トリガーはもはやこちらの言葉の意味すら理解できていない様子だ。それでも霧子は信じたかった。この場所にトリガーがいると直感した自分と、本当にそこで待っていてくれたトリガーとを。

 ふたたび歩を進めて近づいても、トリガーが逃げる様子はなかった。ただじっと、四本の脚を揃えて待っている彼を見て、霧子は勇気づけられた。

「ここが初めての場所だったな」霧子はトリガーの前でしゃがみこんで言った。「わたしたちがいまの姿になって、はじめて再会した場所だ。だから、もう一度ここに繰れば合えると信じてた」

 間に合わせで補強した革ベルトと一緒に腕を首にまわすと、視界の端でトリガーが口と目を閉ざすのを捉えることができた。その瞬間、霧子の確信は揺るぎないものに変わった。

「さあ、帰ろう。みんなが待ってる」
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