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文字数 1,148文字

 黒い影が伸びる。
 そうして街灯の光に照らされたのは、神が片手間に造ったかのような歪んだ怪物だった。

 もっとも、その姿を見て勇三の脳裏に浮かんだのは計り知れない神の真意などではなく、子供の頃に観た恐竜映画だった。
 精巧なハリボテで作られた恐竜たちは命を吹き込まれたかのように動き、幼い頃の勇三を大いに驚かせたものだ。特に畏怖の念を抱いたのは、恐竜の中でも抜群の人気と知名度を誇るティラノサウルスレックスだった。

 いま闇から浮かびあがった怪物は、そのティラノサウルスレックスに似通っていながらも決定的ななにかが違っていた。

 長い首と尻尾をもつ全長は十六メートルほど、前足のない巨大なトカゲのような胴体からは逞しい二本の後ろ脚が伸びている。その先端から生えた犬釘ほどの大きさはあろう三本の爪が、アイゼンのように地面を穿つことで巨体を支えていた。

 尻尾の先には重機のアームについているような太さのトゲが一本つき出している。茶色くぬめりのある鱗を光らせながら大きく揺れる尻尾が触れ、ビルの外壁がぼろぼろと崩れていく。
 怪物の配色から唯一明るいコントラストを彩っていたのは、首元を覆うライオンのような白いたてがみで、巨体が震えるごとに木々のざわめきに似た音をたてた。

 だがなにより異様だったのは、たてがみに囲まれたその頭部だった。
 幼い勇三を震え上がらせたティラノサウルスレックスは、その巨大な頭部の側面に目がついていた。
 だがこの怪物の目は頭部の正面にあった。目だけではない、口も鼻も、そのすべてが怪物の扁平な顔面に集まっていたのだ。その面相は、くちばしのように伸びた恐竜のものとは似ても似つかなかった。
 むしろそれは、種として自分ともっと身近な存在に思えた。

 人面竜。

 適当に思いついたその名前が、意図せず怪物の姿形を的確に捉えていることに気づき、勇三は思わず気分が悪くなった。

 隆起する筋肉質な首を覆ったたてがみの奥から、ヒヒのような顔が霧子に向蹴られる。眼窩に落ちくぼんだ眼には白い部分がなく、ふたつの穴ぼこのように黒一色だった。
 のっぺりとした顔面にナイフで切り込みを入れただけのような鼻の穴の下で、横に大きく裂けた口がニタニタと牙を覗かせている。その表情は、顔に見立てたハロウィンのカボチャを連想させた。

 この怪物に対して、向かっていく霧子の歩みが淀むことはなかった。その手にはなにも握られておらず、ただ身体の両脇に無造作に下げられている。

 霧子の表情を見て、勇三は思わず戦慄した。
 人面竜の邪悪な表情に返礼するかのように、少女は歯を剥くように笑っていたのだ。

 そこに軽口を叩くあの人懐っこさは微塵も存在していない。まるでこの怪物との出会いに対して、抑えきれない喜びを抱えているかのようだった。
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