21

文字数 1,106文字

 ほかの三人とは違い、四人目の男はすでに事切れていた。
 胸の心臓のあたりを背後から貫いていた、鉈のような二本の刃が致命傷を与えていたであろうことは想像に難くなかった。

 引き抜かれた二本の刃が両肩の上にまわり、崩れ落ちそうになった死体を支える。

(ジェットコースターの安全バーみたいだ)

 だらりと力無い身体に刃が食い込む姿を目に場違いな考えを浮かべた勇三は、自分の発想がどんなに平和なのかを思い知らされた。

 体勢が変わったおかげで、レギオンの姿がさらにはっきりと見えた。
  地獄で催される感謝祭の食卓に並ぶ馬鹿げた大きさの七面鳥が直立したならば、ちょうどこんな見た目だろう。
 全身には体毛が一切生えていない。
 胸板は薄く、撫で肩からは先端が刃と化した前腕が、丸みを帯びた腹部からは蹄を持った逞しい二本脚がそれぞれ生えている。
 頭部が無い代わりに、両肩のあいだにはうっすらと十文字の切れ目が走った突起が出ていている。
 その突起が、抱えた男の死体へとゆっくり伸びていく。

 次に目の前で起こったことを、勇三は一生忘れられそうになかった。

 男まで数センチのところに迫った突起の溝が大きく裂けると、全体が四つに割れる。中からあらわれたのは、無数の鋭い歯を持つ口だった。割れ目の奥へと迎え入れた男の頭部を、突起物が包み込んでいく。

 ぼり、ぼり。

 花のつぼみのような形の奥から、固いもの同士が擦れ合うような音が耳に届いてくる。

(ジェットコースターなんかじゃない)聞こえてくる音を締め出せないまま、勇三は思った。(ああやって殺した獲物を食べてるんだ。カマキリみたいに)

 あの鋭い無数の歯が男の髪と肉を裂き、頭蓋骨を少しずつ削りながら、脳を目指していく。
 ある種の誘惑のような引力が、勇三をレギオンと男の死体との濃密な抱擁から目をそらさせなかった。

 刺激による脊椎の電気的な反射なのか、死体の爪先が神経質に痙攣する。
 怪物の捕食は、男の肩口までを飲み込むまでに至っていた。時間にして一分と経っていなかったにも関わらず、永遠とも思える時間あの悍ましい音を聞いていたように思える。

 勇三は大きく振りかぶるように上体をのけぞらせると、サーチライトの笠に額を叩きつけた。その大きな音を耳に、ヤマモトたちが呪縛でも解けたかのようにこちらを向く。
 痛みとともに恐怖が場所を譲ったのは怒りだった。
 勇三の脳裏で、事故で亡くなった母親と目の前の悼むべき死者とが姿を重ねる。死んだ後も弄ばれるようなこの暴挙を、これ以上許したくはなかった。

 勇三がライフルを構えるのを、ヤマモトはもはや止めようとはしなかった。お互いの覚悟を暗黙のうちに悟った瞬間だった。
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