文字数 1,137文字

 固辞する勇三を説き伏せ、修理にかかった代金は叔父が支払ってくれた。その施しに平身低頭する勇三を見ながら、島津はにこにことした笑いを最後まで崩さなかった。

「困ったことがあれば、いつでもどうぞ」

 島津が見送るなか、勇三はバイクを押しながら叔父と並んで実家への帰路についていた。

「あの、ありがとうございました」これで何度目になるのか、勇三は叔父そう言った。
「気にすることないさ」叔父が手を振ってみせる。「ところで、あそこに修理を頼んだのは初めてだったね?」
「はい。すごくいいところだと思います。安心して任せられるっていうか……」
「おいおい、だからって事故なんて起こさないでくれよ。今度こそ叔母さんがひっくりかえるかもしれないからね」叔父が苦笑する。

 勇三は曖昧に答える以上、なにも言えなかった。
 ふたりはしばし無言だったが、お互いにかすかな笑みを浮かべてはいた。六月の雨雲はしばし居場所を譲り、空は久しぶりに青かった。

<グレイヴァー>にならなければ、叔父や叔母をこんなふうに心配させることもなかったのだろう。
 あの日ゲームセンターで見かけた霧子の後を追わなければ、自分は<グレイヴァー>にはならなかったのだろうし、そもそも啓二たちと友人同士になっていなければ、足下に広がる地下世界など、知らずに済んだのかもしれない。
 ふたたび、そんな可能性の連鎖についての考えが頭をもたげる。

「あの、叔父さん」
「なんだい?」その場に留まった勇三の少し先で、叔父もまた足を止める。

 振り返る叔父に対し、勇三はバイクのハンドルを握りしめて深く頭を下げた。

「おれ、ちゃんと学校に通ってます。あのときは……それに今回の事も。いろいろ、ご迷惑おかけしました」
「勇三くんがどうして学校を休んでいたのか、無理に理由を訊くつもりはないよ」

 叔父の穏やかな声音を耳に、勇三は思わず顔を上げた。

「きみぐらいの年頃なら理由を話しづらかったりするからね。それより学校はどう? 友達と仲良くやれてるかい?」

 ほんの一瞬、勇三はどう答えるべきか迷った。それでも叔父の目を真っ直ぐ見て頷くことができた。頷くことで、心の中のわだかまりがほんの少し晴れたような気もした。

 もしも啓二たちと知り合っていなかったら、いっそそのほうがよかったのだろうか。

(たしかに<アウターガイア>なんてものに関わっちまったのは大きな間違いだ)勇三は思った。(けど、啓二たちや霧子たち、それに輝彦と知り合えたことについては答えがわかりきってる。答えは「ノー」だ。「知り合わなければよかった」なんて、おれはまったく思わない)

 そしてこうも決意した。

(明日、輝彦とふたりきりで話をしてみよう。もしかしたら、あいつにだってそれなり理由があるのかもしれない)
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