文字数 945文字

   Ⅰ


 新しい世紀、世界は未曾有の好景気に躍っていた。

 世界はどの夜の歓楽街を切り取っても賑いと妖しさに満ちており、それはこの東洋の島国も例外ではなかった。

 風俗店や居酒屋が建ち並ぶ通りを、数人のヤクザが肩で風を切って歩いている。
 彼らは皆一様に生傷や切り傷をこさえた顔に満足げな笑みを浮かべていた。喧嘩相手のあごでも砕いてやったのだろうか、熱気が冷めやらぬまま身振り手振りで各々の戦果を語り合っている。

 ふと先頭を歩いていた男が足を止め、大通りの光に追いやられた薄暗い裏路地に目を向けた。つられて他の面々が視線を追うなか、彼は裏路地へと足を進めていった。

 暗闇の奥に幽霊のような白い影が浮かびあがったが、男は怖気づいた様子もなく歩を進めた。

 はたして影は、両手で顔をおおってうずくまる少女だった。しゃくりあげる泣き声がビルの合間でさらに反響する。男はこの声を聞きつけ、止めた足を裏道へと向けたのだった。

「嬢ちゃん、どうしたんだい?」

 少女が泣き腫らした顔をあげる。小柄だ。せいぜい十二、三歳だろうか。
 普段から強面でものを言わせている男は人情味のある表情を浮かべるのに苦労した。背後では大通りに残った他の連中が薄笑いを浮かべている。兄貴の悪い癖がまたはじまったぜ、誰かがそう言った。

「どうしたんだい?」顔をあげた少女に男が繰り返す。
「お金……」震える声で尻すぼみに答える。男が先をうながすように首をかしげると、少女は先を続けた。「お金が無いの。家が貧乏だから」
「そうかい。お金に困ってるのかい」男は立ちあがり、上着のポケットから財布を取りだした。「じゃあ、おじちゃんがあげよう」

 男は財布の札入れから一枚の紙幣を抜きかけ、思いなおしてもう一枚多くくれてやることにした。

 なかなかの上玉だ、手篭めにして仕込めば将来も期待できるだろう。最近のガキは小遣い程度の金ではなびかないし、少々値が張ったとしても確実を期しておくにしくはない。

 男は純粋な人助けなど考えていなかった。
 人助けには見返りが必要だ。金で作った心の隙間につけこんだら、あとは薬漬けにでもしてどこかへ売り払ってやろう。この年頃の娘……あるいは少年なら変態の金持ちに高値で売れるはずだ。つまりこれから払うのは手付金というわけだ。
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