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文字数 972文字

「そういえば、なんであんな時間に繁華街をうろついてたんだ?」見おろす地下世界の光景に目を奪われながらも、勇三はそう訊ねた。「しかも子供がひとりきりで。危なくないのか?」
「子供、か……」

 霧子は口元を歪めた。それは先ほどの柔らかな表情とは違って苦々しいものだった。

「いくら一攫千金の化け物狩りを生業にしてはいても、生活は厳しいものでな。依頼が定期的に入るわけでもないし、店の家賃はあれで結構割高なんだ。おまけにわたしの戦い方はどうも金がかかってな」

 霧子が鼻の頭を掻く。たしかにあれだけ銃を撃ちまくっては、さぞ弾代がかかるだろう。

「それでおれのことを商売相手って言ってたのか」
「ああ。悪者と不良がわたしの商売相手だ」
「不良、か……」

 言ったあとで、自分の口調が霧子のものとそっくりだったことに気づく。勇三は自分の赤い前髪を指先でつまんでみた。

「財布は返すよ。もちろん中身もそっくりそのまま――」
「これ、地毛なんだ」
「え?」
「染めてるとかじゃなくてさ。もともとは違う色だったんだけど、どういうわけかある日突然な」
「そうだったのか……すまない、そんなつもりじゃ」
「いいよ。誤解されるのも初めてってわけじゃない。お前は? その髪、染めてるんじゃないよな?」

 霧子はその灰色がかった髪を手ですくと、にっこりと笑ってみせた。

「ああ、地毛だ」

 少女の手から髪がはらりと落ち、昇降機が地響きとともに停止する。<アウターガイア>の底についたのだ。
 どこか遠くのほうから、こもった銃声が耳に届いてくる。

 今日もまた、この地下世界のどこかで怪物と人間の殺し合いが繰り広げられている。そしてこれから自分も、そのなかに身を投じていく。
 いくら頭で理解できていても、まったく実感がわいてこなかった。

「ああ、そうだ」霧子が思い出したように口を開く。「さっきおまえが壊したテーブルだが」
「ああ、本当に悪かっーー」
「今回のおまえの取り分から引いておくからな。テーブルと砂糖入れ、それから床と椅子についた傷の補修の代金も込みだ」
「話がついたって……そのことだったのかよ。しかもおれがいないあいだに?」
「そういうことだ。物を壊したら弁償する、この世界に限った決まり事じゃないだろ」

 そう言って霧子はこの日初めて見せた無邪気な表情の背後で、昇降機のゲートが……地獄の入り口が開かれた。
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