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文字数 880文字

   Ⅶ


「自分から離れていくなんて……あいつ、一発ぶん殴ってやる」

 焦りと不安、そして憤りをにじませながら、霧子はそう呟いた。
 勇三に追いつくにつれ、イヤホン越しのトリガーの指示も声高になっていく。

 最後の角を曲がった先で見た光景は、霧子をその場に立ちすくませるほど凄惨なものだった。もはや彼女の心から、ぶつけるべき怒りは霧散していた。

 累々と横たわる怪物の死骸が、そこにはあった。
 あるものは身体を両断され、あるものは胸から肩にかけて消失しており、またあるものは頭を潰されていた。その中心で、勇三が肩で息を切らしながら立っていた。

「おい……」

 言いながら伸ばしかけた手を降ろしてしまう。
 霧子は恐れを抱いていた。その荒々しさや焦点の定まらない瞳が、勇三こそこの血腥い光景を作った張本人であることを物語っていたからだ。

 それでも、この少年をこんな目に遭わせた責任の一端は自分にある。
 霧子は、自らが抱いた恐れを振り切るように駆け出した。

 それを合図にしたかのように、勇三が膝から崩れ落ちる。地面には、あちこちがひしゃげた血まみれの道路標識が転がっていた。

(まさか、こんなもの一本で戦ったっていうのか?)

 驚きをおぼえながらも、霧子は血で汚れるのも構わず勇三を抱きとめた。とはいえ、身長差のせいで相手が覆いかぶさるような体勢にはなったが。

 重みに堪えつつ、勇三の身体の隅々まで手を走らせる。
 汚れ具合こそひどかったが、深刻な怪我を負っている様子はなかった。
 あるいは負傷していたとしても、昨日のようにすでに傷が塞がっているだけなのかもしれなかったが、破れたり切り裂かれていたのは衣服だけのようだ。

「よかった……」勇三がびくりと身を震わせたのにも構わず、霧子は血を浴びた頭を胸に抱いた。「おまえが無事で、本当に……」

 勇三の手が霧子の肩に乗せられる。
 相手に負担をかけないよう、自重を支えようとしたのか、あるいは少女から身体を引き剥がそうとしたのか。

 いずれにせよ互いの身が離れることはなかった。
 霧子と勇三は支え合うように、しばしのあいだその場でじっとしていた。
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