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文字数 1,300文字

 午後十二時二十七分。

 持参した昼食を食べながら、勇三はクラスメイトの広基と差し向いに腰かけ、机の上に広げたノートを睨みつけていた。

「それで、まずこの式からxの値を出して、それを次の式に代入するんだよ」広基が教書を指さして言う。「それでyの値が出せるんだ」

 友人の解説に、勇三は食べかけのパンを置いてシャープペンを走らせた。そんなふたりの様子を眺めながら、傍らでは輝彦が野菜ジュースを飲んでいる。
 長いあいだ休んでいた遅れを取り戻そうと、勇三はふたりに勉強を見てもらっていた。

「しかし、ふたりともすごいよな」ためつすがめつ、どうにか計算式を解いた勇三は食事を再開した。「こんな問題がすらすら解けるんだから」
「大したことないよ」広基が照れくさそうに鼻の頭を掻く。「勇三よりも早くこのあたりの授業を受けたってだけだよ」
「広基も輝彦も、中学のからこんな難しいことしてたのか?」
「まあ、そうなるかな」どこか照れ臭そうに広基が頬を掻く。
「なんかずるいな、それ……」
「あんたと違って努力してるってことよ」そう脇から口を挟んできたのはサエだった。彼女は勇三たちの隣の席で、同じく友香の勉強を見ている最中だった。「それより、勉強のしすぎでまた鼻血なんか出さないでよ」
「うるせえな、何年前の話してんだよ」

 勇三が睨みつけたものの、サエは気にしている素振りも見せなかった。

「鼻血?」そう訊ねたのは輝彦だった。
 サエは頷くと、「小五ぐらいのときかな。こいつ、しょっちゅう鼻血ばっかり出してさ。特に勉強とかで根をつめたりすると、きまって流血沙汰。わたしもよく部屋のカーペットやらスカートやら汚されたもんだわ」

 嘆息するサエから背を向けるように、勇三は次の問題にとりかかった。悔しい話だがこの話は事実だった。
 最近では落ち着いているものの、幼い頃は鼻の血管が弱かったのか、事あるごとに鼻血を出しては担任の教師や叔母たちに心配をかけていた。はじめはなにかの病気かとも疑われたが身体はいたって健康で、診断した医者も一過性のものだとして経過観察に徹した。そうこうしているうちに、いつしかこの体質は徐々に目立たなくなっていった。

「鼻血ってそんなに変なことかな?」ノートに顔を伏せた顔から視線だけ上目遣いに、友香が言う。「それよりサエちゃん。この問題がわからないんだけど」
「この問題も、でしょ。まったく少しは自分で……ってなによ。答えが『たくさん』って?」

 呆れながらもサエは友香に向き直り、式の解き方をはじめから説明しなおした。

 と、そのとき。

「てぇへんだぁ!」

 落ち着きを取り戻しはじめた教室の空気を破るように、血相を変えて飛び込んできたのは啓二だった。

「おかっぴきか」輝彦が言う。
「いや、旦那! じゃない、テル! おれ、ついに見ちゃったんだよ。どうしよう……」
「なにを?」
「幽霊……」

 その場に居合わせた全員が、しばし啓二の顔を見つめた。
 それから勇三がため息をついて勉強の続きをはじめ、輝彦と広基もノートと教科書にそれぞれ目を落とした。サエは首を横に振りながらそっぽを向くと、啓二を心配そうに見つめる友香に問題を解くよう促した。
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