19

文字数 1,220文字

「知ってるよ」

 叔父の運転は少しも乱れず、答えもあっさりとしたものだった。それどころか、怒りや不快感を抱いている様子もなかった。
 呆けて二の句も次げない勇三に、彼は続けた。

「昨日の朝も、サエちゃんが学校に出かけていくのを見かけたからね。ほら、あの子毎朝元気がいいだろ、声が家の中まで聞こえてくるんだ」

 たしかに、今朝は勇三自身もサエの声を耳にしていた。

「それから、これは叔母さんには内緒にしておけって言われたんだけど……ちょうど今朝、学校から連絡があったんだ。最近きみが学校に来てないって」

 全身から力が抜けるようだった。
 考えてみれば当たり前のことだ。何日も学校を無断で休んでいれば、ましてやその生徒が一人暮らしをしているとあれば、学校として安否を気遣うのは当然だ。
 だがそれ以上に、叔父と叔母が勇三に対して普段どおりの態度を取っていたことが驚きだった。ふたりとも彼の嘘を知りながら、いつものように優しく接してくれていたのだ。
 いまさらながらそのことに思い至り、勇三はますます自分のことが情けない人間に思えた。

「連絡があったときはびっくりしたよ。でも勇三くんは昨夜から家にいたわけだし……とりあえず学校には事情を話しておいたけど」

 車が駅前のロータリーに乗り入れる。叔父はそこで車を止めると、ふたたび勇三に向き直った。

「まったく、きみって子は……」こちらを見つめる叔父の目元は温和なままだったが、断固たる意志のようなものも同居していた。「僕たちがどれだけ心配したかわかるかい?」
「ごめんなさい……」
「でも、何事もなくてよかった。それに、素直に僕らを頼ってきてくれて嬉しかった。ただね、自分だけで問題を抱え込まないでほしいんだ。いまは話せなくても、もしも悩みがあるなら、いつか聞かせてほしい。もちろん、そのいつかは来なくてもいい。けど、つらくなったらいつでも帰っておいで。僕らも、たまにでいいから勇三くんの顔を見たいんだからさ」
「はい……」

 勇三は車を降りた。けっきょく、叔父には満足な返事もできなかった。その心残りを拭い去ろうとするように、別れを告げて走り去る叔父の車をいつまでも見送った。

<アウター・ガイア>に関することは、やはり最後まで言えなかった。
 たとえそれがどんなに荒唐無稽な話だとしても、叔父は勇三の言うことを信じてくれるかもしれない。その予想が恐ろしかった。
 この真実だけは、勇三が最後まで守らなくてはならない秘密だった。

 走り去る叔父の車が見えなくなると、勇三は自分の胸につかえていたものがいくらか取り除かれていることに気づいた。同時に、自分が本当にすべきことがはっきりと見えた気がした。
 そう思わせてくれたのは、自分にまだ居場所が残されているという事実なのかもしれない。叔母と叔父が出迎えてくれる、あの場所が残されているということが。

 その居場所を守るために、自分は全力を注がなくてはならない。

 勇三は駅舎へと向かった。
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