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文字数 1,073文字

   Ⅳ


<サムソン&デリラ>を訪れた勇三は入口のドアノブに手をかけたまま、しばしその場で立ち尽くしてしまった。開いたドアの向こう、カウンターテーブルの上にはボードゲームの盤面が広げられており、それを囲むようにしてトリガーと霧子、そして輝彦がスツールに腰かけていたのだ。

「子供ができたんで、ご祝儀十万ずつお願いします」ルーレットを回して駒を進めた輝彦が言う。
「ずいぶん、ふっかけてくるな」トリガーがハロルドくんに勘定させる。
「こんな時代ですから」輝彦は臆した様子もなく、ロボットが差し出したおもちゃの紙幣を受け取った。
「おい、職業に<グレイヴァー>が無いぞ」手番が回って駒を進めた霧子は、職業カードをめくりながら言った。
「あるわけないだろう。仮にも国家機密だぞ」
「しかたない、気が進まないがアイドルにでもなるか……本当に気が進まないけどな」言いながら霧子は、職業カードの中から一枚をいそいそと引き抜いた。

 三人がこちらの存在に気づいた様子はない。この光景に、勇三は軽いめまいをおぼえた。

「なに、やってるんだよ」ドアによりかかるようにしながら勇三は言った。
「ああ、来たか。遅かったな」

 肩越しに振り返る霧子には目もくれず、勇三はまっすぐ輝彦のほうへ歩み寄った。

「なんで、おまえがここにいるんだ」
「言っただろ」睨みつける勇三の視線を見つめ返す輝彦に後ろめたさはない。「おれはおまえの味方だって。それに物別れの状態じゃ、お互いにとっても損だからな」
「このあいだの仕事のあと、連絡をもらってな」霧子が駒をもてあそびながら言う。「事情が事情だし、全員でじっくり話し合おうと思ってここに来てもらうことにしたんだ」
「しかし、驚いたよ」と、輝彦。「トリガーさんの正体が、まさか喋る犬だなんてな」

 勇三は深く息を吐きながらじっと目を閉じることで、気持ちの高ぶりをおさえようとした。あまり期待していなかったものの、この試みはわずかに冷静さを取り戻すことに成功していた。屋上での失敗と反省も活きたのかもしれない。

「その割にはずいぶん馴染んでるじゃねえか」テーブル席とカウンターとのあいだに立ったまま、勇三は言った。「そもそも店に来るなら、最初からそう言ってくれればよかっただろ」
「言いかけたさ。けど、おまえは聞いてくれそうになかったからな」
「それは……」言いかけはしたが、事実は事実だ。代わりに勇三はこう訊ねた。「それで? こんなところまで一体なんの用だ?」

 勇三の問いかけに、輝彦はカウンターにもたれた状態から姿勢を正した。

「おれをこの<コープス>に入れてほしいんだ」
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