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文字数 1,388文字
どれくらい虚空を眺めていただろう。突如絶命した怪物の死体から這い出た勇三は、広場に座り込んだままぴくりとも動けなかった。
ここに至るまでの短いあいだに経験した出来事が、彼から魂を奪い去っていったようだ。
もう駄目だと感じた瞬間、勇三におおいかぶさった怪物は突如として絶命した。
戦いが突然幕を閉じたのだ。自分が関わっていないところで、顔も知らない誰かの手によって。その事実は勇三に、この世界から拒まれたような実感を与えていた。
あとに残されたのはともに戦った仲間たちと、その元凶となった怪物の死だけだった。
遠く、丘のふもとからエンジン音がこちらに近づいてくる。それよりももっと近い距離で呻き声があがり、勇三は我に返った。
よろよろと立ち上がった彼は焼けた左手の平から皮が大きく剥がれるのにも頓着せず、握りしめた『ウィリー』をレギオンの死体のそばに投げ捨て、声のするほうへと歩き出した。
駐車していた二台のトラックは、どちらも焼け落ちていた。車回しの中央に佇む街灯だけが、ここで起きた壮絶な決闘とは無関係を決め込んで光を投げかけている。そうしてできた明るさのなかに、ヤマモトは倒れ込んでいた。
「ヤマモトさん!」
勇三が抱きかかえると、ヤマモトの口から呻き声が漏れる。
視線は力なくどろんと泳ぎ、目の焦点も合っていない。身体は驚くほど軽く、そして冷たかった。動かした拍子に、傷口にとどまっていた血が流れる。
命が、ヤマモトの身体から離れつつあるのを感じた。
「よお、さえない顔だな……」ヤマモトがしぼり出すように言う。
「こっちのせりふだよ」ヤマモトが生きていたという喜びと、彼がこのあと確実に迎えるであろう最期とのあいだで気持ちが揺れ、勇三の声は震えていた。「でも生きてる。生き残れたんだ」
「ああ、おまえさんはな。だが、おれはもう駄目みたいだ」
「そんなこと言うなよ!」
声を荒げる勇三に、ヤマモトは苦笑を浮かべた。
「いてえな、傷に響くだろ。まったく、おまえは本当に変わったやつだな。本当に……ここが似合わないやつだ。まったく、なんでこんな因果な稼業に足を突っ込んじまったのか――」
ヤマモトが咳き込むと同時に、見る者をどきりとさせるほどの血を吐き出す。それからぜいぜいとあえぎながら呼吸を落ち着けたものの、おさえがきかないほど身体が震えていた。
彼はその震える手で勇三の襟首を掴むと、死に瀕した人間のものとは思えない力で引き寄せてきた。
「いいか、死ぬんじゃねえぞ。心も体も……生き延びるんだ。おまえはそのまま、まともなままで生きていけ。こんな狂った世界に合わせて、おまえまで狂っちまうことはないんだからな」
ふたりは長いあいだ見つめあった。
訴えかけるようなヤマモトの視線が、勇三の瞳に強く焼き付いていく。
襟首を掴んでいたヤマモトの手が、ゆっくりと落ちていく。
身体の上に乗った左手はそれきり動かず、震えも止まっていた。
勇三は命の火が消えたヤマモトの目を、それでも見つめ続けていた。しかし彼のほうは、もはやなにも見ていなかった。
無力感がふたたび全身を包みこみ、勇三をまた死人のような状態に戻した。
〝まともなままで生きていけ〟
言葉が頭の奥で反響するなか、勇三はその声の主の亡骸をいつまでも抱き続けた。
それは駆けつけた誰かが、肩を掴んで呼びかけてきたあとも変わらなかった。
ここに至るまでの短いあいだに経験した出来事が、彼から魂を奪い去っていったようだ。
もう駄目だと感じた瞬間、勇三におおいかぶさった怪物は突如として絶命した。
戦いが突然幕を閉じたのだ。自分が関わっていないところで、顔も知らない誰かの手によって。その事実は勇三に、この世界から拒まれたような実感を与えていた。
あとに残されたのはともに戦った仲間たちと、その元凶となった怪物の死だけだった。
遠く、丘のふもとからエンジン音がこちらに近づいてくる。それよりももっと近い距離で呻き声があがり、勇三は我に返った。
よろよろと立ち上がった彼は焼けた左手の平から皮が大きく剥がれるのにも頓着せず、握りしめた『ウィリー』をレギオンの死体のそばに投げ捨て、声のするほうへと歩き出した。
駐車していた二台のトラックは、どちらも焼け落ちていた。車回しの中央に佇む街灯だけが、ここで起きた壮絶な決闘とは無関係を決め込んで光を投げかけている。そうしてできた明るさのなかに、ヤマモトは倒れ込んでいた。
「ヤマモトさん!」
勇三が抱きかかえると、ヤマモトの口から呻き声が漏れる。
視線は力なくどろんと泳ぎ、目の焦点も合っていない。身体は驚くほど軽く、そして冷たかった。動かした拍子に、傷口にとどまっていた血が流れる。
命が、ヤマモトの身体から離れつつあるのを感じた。
「よお、さえない顔だな……」ヤマモトがしぼり出すように言う。
「こっちのせりふだよ」ヤマモトが生きていたという喜びと、彼がこのあと確実に迎えるであろう最期とのあいだで気持ちが揺れ、勇三の声は震えていた。「でも生きてる。生き残れたんだ」
「ああ、おまえさんはな。だが、おれはもう駄目みたいだ」
「そんなこと言うなよ!」
声を荒げる勇三に、ヤマモトは苦笑を浮かべた。
「いてえな、傷に響くだろ。まったく、おまえは本当に変わったやつだな。本当に……ここが似合わないやつだ。まったく、なんでこんな因果な稼業に足を突っ込んじまったのか――」
ヤマモトが咳き込むと同時に、見る者をどきりとさせるほどの血を吐き出す。それからぜいぜいとあえぎながら呼吸を落ち着けたものの、おさえがきかないほど身体が震えていた。
彼はその震える手で勇三の襟首を掴むと、死に瀕した人間のものとは思えない力で引き寄せてきた。
「いいか、死ぬんじゃねえぞ。心も体も……生き延びるんだ。おまえはそのまま、まともなままで生きていけ。こんな狂った世界に合わせて、おまえまで狂っちまうことはないんだからな」
ふたりは長いあいだ見つめあった。
訴えかけるようなヤマモトの視線が、勇三の瞳に強く焼き付いていく。
襟首を掴んでいたヤマモトの手が、ゆっくりと落ちていく。
身体の上に乗った左手はそれきり動かず、震えも止まっていた。
勇三は命の火が消えたヤマモトの目を、それでも見つめ続けていた。しかし彼のほうは、もはやなにも見ていなかった。
無力感がふたたび全身を包みこみ、勇三をまた死人のような状態に戻した。
〝まともなままで生きていけ〟
言葉が頭の奥で反響するなか、勇三はその声の主の亡骸をいつまでも抱き続けた。
それは駆けつけた誰かが、肩を掴んで呼びかけてきたあとも変わらなかった。