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文字数 1,116文字

「こっちはこっちでなんとかする。ゴールで待っていてくれ」

 通信を終えた霧子は、あらん限りの力を振り絞ってふたたび身を起こそうとした。
 両脚をゴムのベルトでもきつく巻きついているかのように、痺れが覆っている。それ以外の感覚や感触は一切失せていた。

 霧子は拳銃を手放すと、握りしめた両手で太腿を殴りつけた。まるで喧嘩のやり方を知らない子供のように、何度も何度も拳を振り下ろす。

(動け! 動け! この人形め!)

 街灯の光からはずれ、近づいてくる怪物の姿が闇に溶け込む。
 焦りよりも怒りから拳を打ちつけていると荒療治が功を奏したのか、感覚が痛みとしてよみがえりはじめた。相変わらず借り物のようだったが、両脚を少しずつ動かせるようになっていた。
 いまの霧子にとっては、この結果でもよしとするしかなかった。暗がりの奥から、地響きを伴う怪物の足音がさらに大きく聞こえてきたからだ。

 霧子は拳銃を拾い上げると、地面に銃口を押しつけるようにして身を起こした。
 ちぐはぐに繋がれたような神経をごまかしつつ、ゆっくりと後ずさる。何度か危なげにたたらを踏んだが、ここで倒れるわけにはいかなかった。闇の奥から怪物の姿がふたたび浮かび上がり、その醜悪な姿がはっきりと形を成していく。

 探るように背後に伸ばすと、手が建物の壁に触れた。逃走経路の最初の突き当たりに到達したのだ。
 ここから左手に進み、その先の突き当たりをもう一度曲がった路地の終点で、高岡たちが罠を張って待っている。
 数ブロックにも満たない距離だったが、いまの霧子にとっては銀河の果てのように感じられた。

 咆哮とともに怪物が駆け出す。

(休憩は終わりだな)

 考えながらも霧子は、その場から一歩も動かなかった。怪物の姿が視界の半分近くを覆うほどにまで近づいてくる。

 いつもの身のこなしが、ほんの少しだけできればいい。そのためには最後の瞬間まで力を溜めておかなければならない。
 スカートに両手を差し入れ、拳銃を二丁ともホルスターに収める。
 駆け出した怪物が目前に迫った。

 巨大な口が開くのと、霧子が踵を返すのとはほぼ同時だった。

 霧子は直前まで身を寄せていた建物の壁を蹴ると、自分の身長の二倍はありそうな高さの窓枠に足をかけ、さらにそこから空高く飛び上がった。さらにもうひとつ上の階にある窓枠を片手でつかみ、跳躍の勢いを利用して身体を引き上げる。
 身を丸めてながら壁に着いた両足のすぐ真下を、怪物の身体がかすめ建物へと突っ込んていった。衝撃で壁が崩れ落ちるなか、霧子は全身のバネを使って空中へと飛び出した。
 そのまま背面宙返りで怪物の背中に着地すると、さらにバック宙を繰り出して地面へと降り立ってみせた。
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