26
文字数 1,302文字
「じゃあ、おれたちはこの子を送っていくから」輝彦が学友たちに言う。「みんなありがとう」
「霧子ちゃんもトリガーちゃんも、またね」友香が微笑みながら手を振る。
「世話になったな、ありがとう」
そんな子供らしからぬ受け答えをする霧子に、勇三は頭を抱えたくなった。少女のこの態度に笑みを崩さなかったのは友香だけで、他の三人はあきらかに面食らった様子だった。なるべくボロを出さないよう釘をさしていたにも関わらず、この体たらくだ。
特に啓二は腕を組んだまま、首をしきりに傾げている。彼はまえに一度、本人とは知らず霧子と会話をしていたのだ。
トリガーを見つけたあとでそのことに思い至った勇三は、啓二が目の前にいる少女と幽霊とを結びつけることがないことを密かに望んだ。
「じゃあおまえら、明日また学校でな」
とにかくこのままではまずい。そう思った勇三は挨拶もそこそこに、仲間たちを促しながら上流に向かってそそくさと歩いていった。
諸々の事情を知っているのが自分だけだからか、それとも彼らの神経が単に図太いせいなのか。霧子と輝彦、それにトリガーまでもが勇三の焦りなど露知らず、ゆっくりと足を進めていく。そんな三人を追い立てるようにしながら肩越しを振り返ると、啓二たちの影もまた土手を降りて見えなくなった。
夕日を背に、四つの長い影が土手の上を音もなく滑っていく。
勇三を含めて、誰もが無言だった。
周囲には人通りもなく、川の上を走るそよ風と、修繕されたばかりの首輪ががちゃがちゃと揺れる音だけがあたりを漂っていた。
「きっと、また死んでる……」
勇三の声に、先を行っていた三人が足を止める。勇三自身も立ち止まっており、振り返る彼らを見つめた。
「あの世界で。きっとまた誰かが死んでる。いや、あそこだけじゃない。この世界のどこかで、この瞬間にもおれの知らない誰かが死んでるのかもしれない。飢えや戦争や、ほかのもっとくだらないことで、命を落としてる……<グレイヴァー>になって、人の死に触れて、おれは初めてそんな当たり前のことに気づいたんだ」
そのとき勇三の脳裏に浮かんでいたのは写真の姿でしか知らない母と、顔を見たこともない父のことだった。
「それが知らざる者と知ってしまった者の差だ」トリガーが言う。「ほんの一部分にすぎないだろうが、世界が持つ本当の姿を見てしまったおれたちには責任があるんだよ」
「責任?」
勇三の疑問にトリガーは頷くと、「この世界の真実と対峙し、それを見続ける責任だ……いや、
言ったあと、トリガーは詫びるような視線をこちらに向けてきた。それはもしかしたら、彼の言う責任を勇三にも背負わせてしまったことに対する負い目のあらわれだったのかもしれない。
トリガーは続けた。
「だがおれたちには責任もあれば、それに伴う権利もあってしかるべきだ。この嘘だらけの世界の裏側を覗く権利と、その世界を変える権利をだ。少なくとも、おれはそう信じている」
勇三は霧子と輝彦に視線を移した。ふたりもトリガーと同様、こちらを見つめ返している。
きっと勇三からの答えを待っているのだろう。彼は少し考え、それから口を開いた。
「霧子ちゃんもトリガーちゃんも、またね」友香が微笑みながら手を振る。
「世話になったな、ありがとう」
そんな子供らしからぬ受け答えをする霧子に、勇三は頭を抱えたくなった。少女のこの態度に笑みを崩さなかったのは友香だけで、他の三人はあきらかに面食らった様子だった。なるべくボロを出さないよう釘をさしていたにも関わらず、この体たらくだ。
特に啓二は腕を組んだまま、首をしきりに傾げている。彼はまえに一度、本人とは知らず霧子と会話をしていたのだ。
トリガーを見つけたあとでそのことに思い至った勇三は、啓二が目の前にいる少女と幽霊とを結びつけることがないことを密かに望んだ。
「じゃあおまえら、明日また学校でな」
とにかくこのままではまずい。そう思った勇三は挨拶もそこそこに、仲間たちを促しながら上流に向かってそそくさと歩いていった。
諸々の事情を知っているのが自分だけだからか、それとも彼らの神経が単に図太いせいなのか。霧子と輝彦、それにトリガーまでもが勇三の焦りなど露知らず、ゆっくりと足を進めていく。そんな三人を追い立てるようにしながら肩越しを振り返ると、啓二たちの影もまた土手を降りて見えなくなった。
夕日を背に、四つの長い影が土手の上を音もなく滑っていく。
勇三を含めて、誰もが無言だった。
周囲には人通りもなく、川の上を走るそよ風と、修繕されたばかりの首輪ががちゃがちゃと揺れる音だけがあたりを漂っていた。
「きっと、また死んでる……」
勇三の声に、先を行っていた三人が足を止める。勇三自身も立ち止まっており、振り返る彼らを見つめた。
「あの世界で。きっとまた誰かが死んでる。いや、あそこだけじゃない。この世界のどこかで、この瞬間にもおれの知らない誰かが死んでるのかもしれない。飢えや戦争や、ほかのもっとくだらないことで、命を落としてる……<グレイヴァー>になって、人の死に触れて、おれは初めてそんな当たり前のことに気づいたんだ」
そのとき勇三の脳裏に浮かんでいたのは写真の姿でしか知らない母と、顔を見たこともない父のことだった。
「それが知らざる者と知ってしまった者の差だ」トリガーが言う。「ほんの一部分にすぎないだろうが、世界が持つ本当の姿を見てしまったおれたちには責任があるんだよ」
「責任?」
勇三の疑問にトリガーは頷くと、「この世界の真実と対峙し、それを見続ける責任だ……いや、
現実
と言うべきか」言ったあと、トリガーは詫びるような視線をこちらに向けてきた。それはもしかしたら、彼の言う責任を勇三にも背負わせてしまったことに対する負い目のあらわれだったのかもしれない。
トリガーは続けた。
「だがおれたちには責任もあれば、それに伴う権利もあってしかるべきだ。この嘘だらけの世界の裏側を覗く権利と、その世界を変える権利をだ。少なくとも、おれはそう信じている」
勇三は霧子と輝彦に視線を移した。ふたりもトリガーと同様、こちらを見つめ返している。
きっと勇三からの答えを待っているのだろう。彼は少し考え、それから口を開いた。