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文字数 1,052文字

 梅雨の恵みをたっぷりと浴びて背丈ほどにまで伸びたガマの葉が、河川敷に鬱蒼と生い茂っていた。
 河岸から吹く風でそよそよと葉先が揺れるなか、一部分だけ不自然に激しい動きをしている。やがてかき分けるようにして、その草木から勇三が出てきた。彼のあとに続いて、サエも群生するガマから転がり出る。
 ふたりはほうぼうの体で下生えの点々とした土の上を横切ると、コンクリートで覆われた土手の傾斜までたどりついた。
 サエはすぐそばの石段に腰かけると、大きく息をついた。傍らでは勇三が両膝に手をついて身体を折り、肩で息を切らしている。

 初夏の夕暮れ、風が心地よい。
 実際、密生した植物の中を分け入るのは歩くというより泳ぐようなものだった。風通しが悪く、植物の呼気によって温められた空気は絞れば水が滴りそうなほどの湿気と熱をはらんでいた。

「別に、ここまで付き合うことねえだろ」

 顔を上げずに言う勇三に、セーラー服のスカーフをはずしかけていた手が止まる。

「わたしが来たら迷惑だっていうの?」サエは思わず噛みついた。
「そうじゃねえよ。川に落ちでもしたら大変だろ」
「じゃあ、わたしはなんのためにこんなとこまで来たっていうのよ?」
「探せるとこならほかにもあるだろ。土手を見張ってるとかさ」
「こんな見晴らしのいいところ、犬がいればすぐにわかるわよ。それにあんたと離れすぎたら、それこそ意味ないじゃない。どんな見た目なのかもよく知らないんだから」
「だからそれは白い犬で、大きさはこのぐらい……」

 勇三は広げかけた両腕を降ろすと、頭の後ろをがしがしと掻いた。それから学ランを脱ぎ捨て、手近に落ちていた長い枝を拾い上げた。

「また行くの?」
「時間がねえからな。おまえはそこで休んでろよ」
「速水」

 呼びかけ、サエが投げてよこしたそれを勇三が受け取る。それは彼女のカバンに入っていたペットボトル入りの紅茶だった。

「まだ、口付けてないから。いちおう」それから紅茶と自分とを見比べてくる勇三にこう続ける。「だから、持っていきなさいよ! 熱中症なんかで倒れたらそれこそ助けてあげられないんだからね!」
「悪い。金ならあとで――」
「あげるって言ってんの。それと、白い犬だよね? 休憩がてら見張ってる。そのうちひょっこり出てくるかもしれないから。たしかに、その……いまはいなくても」

 言い残して、土手の頂上に向かって石段を昇っていく。途中で吹いた強めの風にスカートを押さえて思わず振り返ったが、勇三はすでにガマの群生との再戦に臨むべく河原のほうへと歩いていた。
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