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文字数 1,517文字

(ちょろいもんだな)

 屋上へと出る階段室に身を潜めながら、霧子は思った。

 午前中いっぱいを使って生徒や教師の行動パターンを観察していた彼女は、時計が正午を指すと同時に校内に潜入した。ここに来る途中、ひとりの男子生徒に姿を見られたが、特に問題はないだろう。

 重々しい鉄扉の前に向き直ると、霧子は持参した道具のなかから二本の細長い金属棒を取り出した。
 扉にはめ込まれたすりガラスには、網目状に鉄線が入っている。侵入者か、あるいは外に出ようとする者を阻むためのものだろう。しかし鍵が時代遅れのインテグラル錠だったので、手先が器用ではない霧子でも、時間をかければ開けられそうだった。
 念を入れておいてよかった。そう考えながら、霧子は鍵穴にピッキング道具を差し込んだ。

 <アウターガイア>では生命の維持を最優先にするというお題目の下、あらゆる行為が合法化される。これはハーグ陸戦条約やジュネーヴ条約などの戦時国際法をモデルに、対レギオン戦における独自解釈を組み込んでおり、<グレイヴァー>と<特務管轄課>どちらにも適用される決まり事だった。
 合法化されるケースのなかで特に多いのが、<アウターガイア>内での住居侵入や占有、器物破損、物資の窃盗や横領などである。これらが法的に認められるということは、<グレイヴァー>や<特務管轄課>は作戦上必要であると判断されれば、どの建物にも自由に出入りできるし、故意や過失を問わず戦闘における公共物の破壊も認められ、また放棄された武器や物資などを自由に使えることを意味する。

 無論、どんな違法行為も許されるというわけではない。
 人道に悖る行為……つまり人権や人命の軽視、人間同士での戦闘行為、その他作戦内外を問わず逸脱しているとみなされるあらゆる非人間的な行為は禁止されている。

 さらに<特務管轄課>が国家国民の奉仕者としての義務がついてまわっているのに対し、<グレイヴァー>は雇用主である会社の定めた企業倫理の遵守を課せられている。勇三をはじめ、<グレイヴァー>が背負わされる違約金制度がその代表格だった。
 とはいえ、こうした制約は地下にはびこるならず者にとっては吹雪の中の薄布一枚ほどの用も成さず、自らの生命の安全のためと称して違法行為は横行している。

 だが、地上ではそうもいかなかった。
 本来は表だった存在ではない<グレイヴァー>も、太陽が照らす世界では一般人に危害を加えたり、器物損壊や物資横領などの行為を厳しく制限されていた。
 地上での作戦では緊急を要する場合も多いため、作戦範囲内におけるあらゆる施設への立ち入りなどある程度の緩和が認められてはいたものの、この国の法律の遵守がまず求められたからだ。

 この根底にはレギオンをはじめとする<アウターガイア>とそれに関わる人員の秘匿性が大きく関係していた。つまり訳知りのお偉方は、国家機密レベルの情報が世間に漏れ出すことをなによりも避けたかったのだ。

 もっとも<特務管轄課>の人間ならまだしも、<グレイヴァー>の多くは法律や条約の勉強をしたいとも思っていなかった。そのため、彼らはもっと簡潔な決まり事を頭に叩き込まれていた。

〝地上に出たレギオンだけを静かに、そして確実に殺せ〟

 つまりはそういうことだ。

 そうしたわけで霧子もまた「許可されている違法行為以外のあらゆる法律を犯してはならない」という一文に苦労させられる地上の<グレイヴァー>のひとりだった。

  ここがお上の目に触れない地下世界であれば、錠前破りなどというまだるっこいやりかたなどせず、鍵を壊すなり高性能爆薬で扉を吹き飛ばすなり、建物に入るための

な解決策はいくらでも用意できたからだ。
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