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文字数 713文字

 午後十二時五十分。

 校内の廊下はさざ波めいた騒がしさと生徒たちの足音で満たされていた。

「なあ、映画ってなにやるのかな?」その一団のなか、啓二は瞳の中に期待を覗かせていた。
「どうなんだろう?」と、広基が首を傾げる。「おれ、夏休みに弟たちを連れてくぐらいだから、あんまり詳しくないんだ。啓二はなにか観たいものでもあるの?」
「いや、別になんでもいいよ。午後の授業が無くなるんだぜ。それだけでラッキーだよな。これも日頃の行いってやつ?」
「啓二の日常を見てると微妙なところだけどな」そう言ったのは輝彦だった。
「なんでだよぉ。おれほどの人徳者はいないだろ」
「自分で言うか」
「友達思いだし、女の子には優しいし」啓二が指を折りながら言う。
「下心込みだけどな」
「毎日よく食べ……」
「授業中にな」
「そしてよく眠る」
「授業中にな」
「なんだおい! 全否定じゃねえか!」
「事実だろ」

 つかみかかろうとする啓二とそれをあしらう輝彦のじゃれ合いを、広基があいだに入って仲裁する。

「あれ、そういえば?」輝彦の襟首をつかみながら啓二が言う。「勇三はどこ行ったんだ?」
「いまのくだりでどこに思い出すきっかけがあったんだ?」
「友達思いのところ」
 輝彦はため息をつきながら啓二を引き剥がすと、「あとから追いつくだろうけど……ちょっと探してくるよ」
「あ、じゃあおれたちも――」
「三人でぞろぞろ行ったら先生にサボりと思われるだろ。いいから映画観てろよ。広基、啓二のお守り頼む」
「おい!」ふたたびつかみかからんいきおいで啓二が言う。
「うん、任せて」
「広基まで!?」

 言い合いながら離れていく啓二と広基の背中を見送ると、輝彦は人流をさかのぼるように廊下を引き返していった。
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