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文字数 1,819文字

 スクリーンの前に立った高岡は、その表情を重々しく曇らせていた。
 先日の騒がしさが嘘のように、ひっそりと静まりかえった作戦会議に参加した<グレイヴァー>は霧子ひとりだけだった。
 ふたりはさしたる表情も出さないまま、一切の言葉をかわすことなくかれこれ一〇分近くもある種の均衡を保ちつづけていた。

「負けたよ」やがて高岡は深いため息をつきながら、肩をすくめてそう言った。「仕事を受けるのはおまえひとりでいいんだな」
「ああ」頷く霧子の表情がかすかに緩む。しかしその根底には、依然として厳しさがにじんでいた。「助かるよ。わがまま言ってすまない」
「そう思ってるなら、生きて帰ってこい」高岡はプロジェクターを立ち上げると、スクリーンに前回と同じ俯瞰地図を表示させた。「レギオンをおびき寄せるルートに少し細工をくわえた。誰かさんが台無しにしてくれたからな」
「わたしはいままで通りでも構わないぞ」
「馬鹿言うな、時速七十キロで走る相手だぞ。直線距離ならもっとスピードがのるはずだ……とにかく、クライアントはこちらなんだ。提示する条件には従ってもらう。そもそもこれは、おまえにとってもプラスに働くはずだ」
「わかったよ」
「まったく……」高岡は頭を抱えた。「こんな自殺行為に手を貸すとはな」
「雇い主が傭兵の命を心配するのか?」
「正確にはおまえたちの会社と我々は相互扶助の関係にある。信頼関係だよ、入江。それがないとおれたちは成り立たないんだ」
「むざむざ<グレイヴァー>を死なせるようなことがあれば、信用問題に関わるというわけか」
「それだけじゃない、おまえ自身の立場の問題だってある。よく承知してるだろうが、おまえの身柄は政府の――」
「高岡」霧子が遮る。「おまえがわたしやトリガーのことをどう考えてるのかは知らないが、それ以上は言わないほうがいい。おまえにだって、自分の立場ってものがあるだろう」

 ふたりはふたたび、無言のまま見つめ合った。
 先に音をあげたのは、またしても高岡のほうだった。彼は全身から力を抜くと、がしがしと頭を強く掻いた。

「おれだってこんな立場じゃなきゃな……」
「どういう意味だ?」
「気にするな。わかったよ、この話はこれで終わりだ。仕切り直しといこう」

 高岡が端末を操作すると、街路図の大通りに前回同様に赤い線が引かれた。

「作戦の大筋はこれまでと変わらない。時間も予算も限られてるからな。おまえが餌役となって対象をキルゾーンまで誘き寄せ、そこで集中砲火を浴びせる。ただし今回はこんなものを用意した」

 高岡がキーを押すと、クランク状の本線から枝分かれするように細い線が浮かびあがった。

「こいつは避難路だ。もともとは車両で逃げる想定だったところを、おまえのわがままで急遽足したものだ。さっきも言ったように直線でのやつは途轍もなく速い。追い詰められて危なくなったらここに逃げろ。足止めくらいにはなるはずだ。いまのうちにルートを頭に叩き込んでおけよ」
「レギオンのでかい図体なら入り込めそうにないな……敵の心配をするのもおかしな話だが、罠まで誘導することが目的なら、途中でわたしが見逃されても困るだろう?」
「種としての特徴では、やつらは一度狙った獲物に強く執着するらしい。追跡を諦めることはまずないだろうな。それに作戦領域の建物はほとんどがレンガ造りだ。鉄筋入りのビルならまだしも、こいつがその気になって体当たりすれば、簡単に崩されるだろう。裏路地に入ったからといって油断するなよ。とにかくおまえは化け物の心配なんてせずに、逃げ切ることだけに集中しろ」
「やれやれ、闘牛士になった気分だな」
「おまえの決断だろ」

 高岡の指摘に霧子は肩をすくめて応じた。

「ほかに質問が無ければ、これでブリーフィングを終了する。作戦決行は明日一二〇〇時だが、早めに降りてこいよ。以上、解散」

 霧子は静かに椅子から立ち上がると、出口へと向かった。

「そうだ、入江」高岡がその背中に声をかける。「例の頼まれごとだが、手続きしておいたぞ。トリガーさんは……だいぶ渋っていたようだが」
「ああ、わたしもさんざん嫌味を言われたよ」
「本当にいいのか?」
「なに、ほんの保険さ。わたしだって別に死に急いでるわけじゃない」
「当たり前だろ!」高岡は思わず声を荒らげた。どこか投げやりな霧子の態度に無性に腹が立った。「とにかくポイントで待ってる。死ぬなよ、入江」

 霧子は静かに微笑んだまま、ゆっくりと頷いた。
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