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文字数 1,500文字
同じ<コープス>であるならまだしも、面識の無い<グレイヴァー>同士が顔を合わせるのはけして穏当なことではない。
霧子が見ず知らずの<グレイヴァー>と手を組むのを期待して、高岡も同業者の存在を伝えたわけではあるまい。むしろその逆で、あらかじめ『お仲間』のことを知らせることで、土壇場での判断を鈍らせないよう予防線を張ったのだろう。
(それに、今回の獲物は一匹だけ)霧子は思った。(同業者殿には参加報酬だけで我慢してもらおうか)
「撃破報酬……」霧子はそう言葉を発した口の両端を持ち上げた。「残念だが、総取りさせてもらうぞ」
雨降りの空から目をそらし、薄暗い室内へと向き直る。
霧子はいま、飾り気の無いショーツ以外はなにも身にまとっていなかった。自分の身体は好きではなく、むしろ嫌悪感すら抱いていた霧子だったが、こうして時々、トリガーの留守を狙っては裸になることがあった。
これは機会だ、と霧子はそのたびに思った。こうして自分の身体と向き合うことで、いつか自分自身を許す機会を……自分に向けた憎しみを捨てられる機会を得られる時がやって来るのかもしれない、と。
そんな淡い期待は、常に彼女を取り巻いていた。
だが、いまは感傷に浸っているときではなかった。
卓袱台に整然と並んだ装備類をあらためる。ここから先は、狩りの時間だ。
霧子はまず、たたんであった衣服の中からノースリーブの紺色のボタン無しシャツに袖を通した。
次に白いワンピースを広げ、スカートの裾を裏返す。裏地には帯状の布で大ぶりなひだが縫いつけてあった。卓袱台に置かれた大量の弾倉を手にし、ひだのひとつひとつに差し込んでいく。これが彼女のコンバットハーネス代わりだった。
走り、避け、宙を舞う。持ち前のスピードを致命的なまでに削がないぎりぎりの量を、彼女は時間をかけて選別した。
弾倉の準備を終えた霧子はワンピースを傍らに置くと、膝下丈の黒いタイツを履き、つぎに素肌の上から直接両太腿にホルスターを巻きつけた。
それから愛用の拳銃二丁に手を伸ばす。
縦に銃口がふたつ並んだ特注の銃。その構造上こもった熱で内部の部品が消耗しやすく、こまめなメンテナンスが必要だったが、折りよく前回の仕事のあとオーバーホールに出したばかりだった。
本来ならばもっと強力なライフルやショットガンを持つべきなのだろうが、あいにくこの小さな身体が使えるのはこれが限界だった。
そもそも、彼女はこれ以外に戦いの方法を知らなかった。
取り上げた拳銃をひとしきり眺めると、霧子はその四つの銃口にサプレッサーを取り付けた。
重量は増すし取り回しも悪くなるが、発砲時のマズルフラッシュと銃声を抑えられるこの装備は地上での戦闘において必需品だと言えた。一般人が生活する領域で、派手にどんぱちとしゃれこむわけにはいかないからだ。
それから拳銃についた上下ふたつのスライドを順に引いたあと、それらをふたたび半分程度引き、それぞれの薬室から真鍮の弾丸が横腹を覗かせているのを確認した。
拳銃をホルスターに収めた霧子は、頭からかぶるようにワンピースを着込んだ。
その上から腰に小型のポーチのベルトを巻き、その中に個人用の携帯端末をしまいこむ。それから端末の無線機能とリンクした無線式のイヤホンを片耳にはめ、休憩室の外に用意しておいたブーツを履き、地上での仕事のときに使う七つ道具の入ったリュックを背負う。
準備完了だ。
「じゃあハロルドくん。ちょっと出かけてくるよ。留守をよろしく」
「イテラシャーイ」
生命を感じさせないロボットの声音を背に、ドアを開けた霧子は振りしきる雨の中へと足を踏み出した。
霧子が見ず知らずの<グレイヴァー>と手を組むのを期待して、高岡も同業者の存在を伝えたわけではあるまい。むしろその逆で、あらかじめ『お仲間』のことを知らせることで、土壇場での判断を鈍らせないよう予防線を張ったのだろう。
(それに、今回の獲物は一匹だけ)霧子は思った。(同業者殿には参加報酬だけで我慢してもらおうか)
「撃破報酬……」霧子はそう言葉を発した口の両端を持ち上げた。「残念だが、総取りさせてもらうぞ」
雨降りの空から目をそらし、薄暗い室内へと向き直る。
霧子はいま、飾り気の無いショーツ以外はなにも身にまとっていなかった。自分の身体は好きではなく、むしろ嫌悪感すら抱いていた霧子だったが、こうして時々、トリガーの留守を狙っては裸になることがあった。
これは機会だ、と霧子はそのたびに思った。こうして自分の身体と向き合うことで、いつか自分自身を許す機会を……自分に向けた憎しみを捨てられる機会を得られる時がやって来るのかもしれない、と。
そんな淡い期待は、常に彼女を取り巻いていた。
だが、いまは感傷に浸っているときではなかった。
卓袱台に整然と並んだ装備類をあらためる。ここから先は、狩りの時間だ。
霧子はまず、たたんであった衣服の中からノースリーブの紺色のボタン無しシャツに袖を通した。
次に白いワンピースを広げ、スカートの裾を裏返す。裏地には帯状の布で大ぶりなひだが縫いつけてあった。卓袱台に置かれた大量の弾倉を手にし、ひだのひとつひとつに差し込んでいく。これが彼女のコンバットハーネス代わりだった。
走り、避け、宙を舞う。持ち前のスピードを致命的なまでに削がないぎりぎりの量を、彼女は時間をかけて選別した。
弾倉の準備を終えた霧子はワンピースを傍らに置くと、膝下丈の黒いタイツを履き、つぎに素肌の上から直接両太腿にホルスターを巻きつけた。
それから愛用の拳銃二丁に手を伸ばす。
縦に銃口がふたつ並んだ特注の銃。その構造上こもった熱で内部の部品が消耗しやすく、こまめなメンテナンスが必要だったが、折りよく前回の仕事のあとオーバーホールに出したばかりだった。
本来ならばもっと強力なライフルやショットガンを持つべきなのだろうが、あいにくこの小さな身体が使えるのはこれが限界だった。
そもそも、彼女はこれ以外に戦いの方法を知らなかった。
取り上げた拳銃をひとしきり眺めると、霧子はその四つの銃口にサプレッサーを取り付けた。
重量は増すし取り回しも悪くなるが、発砲時のマズルフラッシュと銃声を抑えられるこの装備は地上での戦闘において必需品だと言えた。一般人が生活する領域で、派手にどんぱちとしゃれこむわけにはいかないからだ。
それから拳銃についた上下ふたつのスライドを順に引いたあと、それらをふたたび半分程度引き、それぞれの薬室から真鍮の弾丸が横腹を覗かせているのを確認した。
拳銃をホルスターに収めた霧子は、頭からかぶるようにワンピースを着込んだ。
その上から腰に小型のポーチのベルトを巻き、その中に個人用の携帯端末をしまいこむ。それから端末の無線機能とリンクした無線式のイヤホンを片耳にはめ、休憩室の外に用意しておいたブーツを履き、地上での仕事のときに使う七つ道具の入ったリュックを背負う。
準備完了だ。
「じゃあハロルドくん。ちょっと出かけてくるよ。留守をよろしく」
「イテラシャーイ」
生命を感じさせないロボットの声音を背に、ドアを開けた霧子は振りしきる雨の中へと足を踏み出した。