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文字数 1,384文字
頬を暖かいものが伝う。
さきほど窓の外を覗いたとき、ガラスで切ってしまったのか……指先ですくったものが色をつけていないのを見て、勇三は自分が泣いていることに気づいた。
それがわかった瞬間、胸を張り裂かんばかりの感情の奔流に襲われた。
全身ががくがくと震え、脳が沸騰でもしたかのように思考がほどけると、雷光のように目の前がちかちかと瞬いた。
膝をついた直後、肺を絞りあげられるような痛みを伴って嗚咽が漏れる。
みんな、死んだ。
ほんの少し前まで生きていたのに。冗談を飛ばして笑い合い、ビールを嗜み、肩を叩きあっていたのに。
ドーズも、ヘザーも、命を救った名前も知らないこの男も、全員死んだ!
本能的な部分が絶えず警戒しろと抗議の声をあげていたが、勇三はとめどなく流れる涙を止められなかった。
たとえこの場でレギオンが襲いかかてこようと、知ったことではなかった。そのあいだも銃声は散発的に続いていた。
そう、戦っている人間がまだいるのだ。
「まだ全員死んだわけじゃない……」
そう口に出した途端、勇三の身体の奥に残っていた活力が息を吹き返した。
先ほどよりもだいぶ近い位置でふたたび響いた銃声を耳にしながら、状況を整理する。
無線機の電源が立ち上がっており、ヘザーが送話器を握っていたことから、<タワー>に再度救援要請が送られたと考えていいだろう。問題はやはり、その助けがいつくるのか見当もつかないことだった。五分後か一時間後、あるいは何日も経ったあとかもしれない。
手遅れになれば、ここにいる全員が確実に死ぬだろう。無論、ただで命をくれてやるつもりもなかった。
医務室を出ると、勇三は本館の正面玄関までたどりついた。
表の広場から差し込む街灯の明かりが、目の前に広がる昇降口の光景を青白く染めていた。
倒れ、あちこちがひしゃげていた鉄製の下駄箱のあいだで、折り重なるようにしてさらに三人が死んでいた。
己を励ますことでどうにかかき集めた力が抜け、ふたたび足元がふらついていく。累々と横たわる死体を見ても、勇三が棟の裏手にある出入口を目指さなかったのは使命感からではなく、もはや引き返す気力さえ削がれてしまっていたからにほかならなかった。
唯一の救いはどの死体も俯せになっていたことで、その死に顔を見ずに済んだことだった。とはいえ、三人分の粘り気のある血が床に広がっている有様は気を滅入らせてきたが。
そんな勇三に進む力を与えたのは、またしも銃声だった。正面玄関のガラス張りのドアは開放されており、いまやその音は低く腹に響いてきた。
彼は守られるように寄せていた壁から身を離すと、外を目指して歩き出した。
ためらいながらも、血溜まりの中にゆっくりとスニーカーを履いた足をゆっくりとおろす。かすかな水音がたち、膜を張ったような血液が靴のまわりにまとわりついてくる。
この死体の中に、ヤマモトがいるのだろうか。そんな疑問もよぎったが、ひとりずつ確かめようとする勇気はなかった。可能なかぎり凄惨な現場を見ないよう青白い空間を抜け、乾いた地面に足をついたときは、思わず安堵のため息が漏れた。
目を覚ましてからどれだけの時間が経ったのだろう、ほんの数分にも何時間にも思える。
ひとつだけ確かなことは、先ほどまで聞こえていた銃声が、いまやすっかりとなりをひそめていたということだった。
さきほど窓の外を覗いたとき、ガラスで切ってしまったのか……指先ですくったものが色をつけていないのを見て、勇三は自分が泣いていることに気づいた。
それがわかった瞬間、胸を張り裂かんばかりの感情の奔流に襲われた。
全身ががくがくと震え、脳が沸騰でもしたかのように思考がほどけると、雷光のように目の前がちかちかと瞬いた。
膝をついた直後、肺を絞りあげられるような痛みを伴って嗚咽が漏れる。
みんな、死んだ。
ほんの少し前まで生きていたのに。冗談を飛ばして笑い合い、ビールを嗜み、肩を叩きあっていたのに。
ドーズも、ヘザーも、命を救った名前も知らないこの男も、全員死んだ!
本能的な部分が絶えず警戒しろと抗議の声をあげていたが、勇三はとめどなく流れる涙を止められなかった。
たとえこの場でレギオンが襲いかかてこようと、知ったことではなかった。そのあいだも銃声は散発的に続いていた。
そう、戦っている人間がまだいるのだ。
「まだ全員死んだわけじゃない……」
そう口に出した途端、勇三の身体の奥に残っていた活力が息を吹き返した。
先ほどよりもだいぶ近い位置でふたたび響いた銃声を耳にしながら、状況を整理する。
無線機の電源が立ち上がっており、ヘザーが送話器を握っていたことから、<タワー>に再度救援要請が送られたと考えていいだろう。問題はやはり、その助けがいつくるのか見当もつかないことだった。五分後か一時間後、あるいは何日も経ったあとかもしれない。
手遅れになれば、ここにいる全員が確実に死ぬだろう。無論、ただで命をくれてやるつもりもなかった。
医務室を出ると、勇三は本館の正面玄関までたどりついた。
表の広場から差し込む街灯の明かりが、目の前に広がる昇降口の光景を青白く染めていた。
倒れ、あちこちがひしゃげていた鉄製の下駄箱のあいだで、折り重なるようにしてさらに三人が死んでいた。
己を励ますことでどうにかかき集めた力が抜け、ふたたび足元がふらついていく。累々と横たわる死体を見ても、勇三が棟の裏手にある出入口を目指さなかったのは使命感からではなく、もはや引き返す気力さえ削がれてしまっていたからにほかならなかった。
唯一の救いはどの死体も俯せになっていたことで、その死に顔を見ずに済んだことだった。とはいえ、三人分の粘り気のある血が床に広がっている有様は気を滅入らせてきたが。
そんな勇三に進む力を与えたのは、またしも銃声だった。正面玄関のガラス張りのドアは開放されており、いまやその音は低く腹に響いてきた。
彼は守られるように寄せていた壁から身を離すと、外を目指して歩き出した。
ためらいながらも、血溜まりの中にゆっくりとスニーカーを履いた足をゆっくりとおろす。かすかな水音がたち、膜を張ったような血液が靴のまわりにまとわりついてくる。
この死体の中に、ヤマモトがいるのだろうか。そんな疑問もよぎったが、ひとりずつ確かめようとする勇気はなかった。可能なかぎり凄惨な現場を見ないよう青白い空間を抜け、乾いた地面に足をついたときは、思わず安堵のため息が漏れた。
目を覚ましてからどれだけの時間が経ったのだろう、ほんの数分にも何時間にも思える。
ひとつだけ確かなことは、先ほどまで聞こえていた銃声が、いまやすっかりとなりをひそめていたということだった。