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文字数 1,161文字

 指定された場所に勇三が行くと、舗装された道が敷かれた川沿いの土手の上には、すでに啓二たちが集まっていた。

 皮肉なことに、トリガーが見つかったのは自分たちが格闘していたガマの群生地よりもほんの少し上流に位置した橋の上だった。これだけトリガーの近くに来ていたにも関わらず、自分たちは真逆の方向を探してしまっていたのだ。もしもあのとき上流側に進んでさえいたら、こうして汗みずくにならずに済んでいたのかもしれない。

「サエちゃん、大丈夫?」友人の有様を見てとった友香は、取り出したハンドタオルで、汚れた身体についた草や泥を落としてやっていた。
「まったく、ひどい目に遭ったわ」そう答えながら、サエも肩をすくめる。

 そんなふたりからそっと離れると、勇三は輝彦のもとへと歩み寄った。
 途中、こちらに視線を送ってきた啓二と広基には頷きを返す。彼らもトリガーの捜索によっぽど骨を折ってくれたのだろう、顔に疲れが出ていたが、それでも笑みを絶やしてはいなかった。

「トリガーは?」

 勇三が訊ねると、輝彦は無言のまま土手の先をあごでしゃくった。

 霧子とトリガーは彼らから十メートルほど離れたところに座り、川の流れをじっと見つめていた。
 夕陽に照らされたひとりと一匹の横顔はどこか寂しげで、初夏にも関わらず、お互いを暖めるかのように身を寄せ合っていた。

 その姿を見て、勇三は嫉妬や羨望に似た感情がかすかに疼くのを感じた。

 生まれもった体質から、勇三はこれまで他人とのあいだに壁を作っていた。
 もちろん叔父と叔母には愛情を、啓二たちには友情を感じている。それでも、彼らに対してはいつも躊躇ににた感情をおぼえていた。その原因こそ、自分の持つこの異質さだった。

 そうして本当の意味では孤独としか寄りそうことができなかった勇三が、生まれて初めて心を共にできると感じることができたのが、霧子とトリガーだった。
 自分もあの輪の中に入りたい。いつしかそう考えるようになっていた彼は、ふたりきりで完結している世界を目の当たりに焦りを感じたのかもしれない。
 だが同時に、そんな霧子たちの存在を尊く思える気持ちも存在していた。

「トリガー」

 呼びかけたあと、勇三の胸中を懸念がよぎる。
 もしもトリガーの自我が戻っていなかったら? そしてそれが、二度とよみがえらないものだとしたら?

「夢を見ていた」

 視線をそらさないままトリガーが呟いたので、勇三は安堵が広がっていくのをおぼえた。理由はわからないが、とにかく霧子は自分たちよりも先に彼を見つけ、そして間に合ったのだ。

「とても甘く、心地よい夢だった……勇三、心配かけたな」

 こちらを向くトリガーに、思わず苦笑が漏れる。途端に目の奥が熱くなり、勇三は流れゆく川のほうを向いてこう言った。

「ったく、心配させんなよ。ほら、帰ろうぜ」
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