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文字数 1,356文字

   Ⅵ


「サエちゃん、お待たせ。遅くなってごめんね」
「いいって」トイレから出てきた友香に、サエは首を横に振りながらそう答えた。「それより体調大丈夫なの?」
「いやあ、なんか映画って聞くと緊張しちゃって」
 照れ臭そうに頬を掻く友香を目にサエはふっと笑うと、「でも正解かもね。長い映画らしいし、休憩中は絶対体育館のトイレ混むだろうから。しかも途中退場不可だなんて、授業とあんまり変わらないよね」
「サエちゃんは嬉しくないの?」
「ううん、どうだろ……」

 サエは眉根を寄せた。
 正直、誰もが授業が免除されたことに浮足立つなか、彼女は懐疑的だった。

「わたしは嬉しいな」と、友香。「だって午後は数学だったんだもん。お腹いっぱいで寝ちゃって、また上野先生に怒られるのいやだもん」
「寝なきゃいいだけの話でしょ……そんなこと言って、また赤点取っても知らないんだからね」
「もう、お願いだから今日だけ見逃して」友香がすがるように身を寄せてくる。「きっと今日の映画は、わたしの日頃の行いを知った神様がくれたご褒美なんだよ!」
「なんだかどっかの馬鹿が言いそうな台詞だね」

 呆れるサエの顔を友香が見上げてくる。その表情からは笑顔がさっと消え、不安そうなものに変わっていた。

「それって、速水くんのこと?」
「違うって」サエは片手を激しく振った。「どっちかって言うと福島のほうかな。ほら、あいついまの友香みたいなこと言いそうじゃん?」
「そっか……」

 一転、身を離した友香が胸を撫でおろす。

「ねえ、友香。どうしてあいつなんかのことが好きなの?」
「え? 速水くんのこと?」サエが頷くと、友香は顔を赤らめた。「なんていうか。その、ほっとけないって言えばいいのかな……速水くん、正直まわりから浮いてるっていうか。福島くんたちと仲良くしてるけど、やっぱりなんか存在感があって」
「目立つのは、あいつがまわりとくらべて馬鹿だからじゃないの」

 思わず茶化すような言葉が口を突き、にも関わらず、自分が眉根を寄せていたことに気づく。

 そんなサエに友香は首を横に振ると、「もしかしたら速水くんって、孤独なのかも……周りには誰かがいるけど、ずっとひとりぼっちだと思うの。でも、ちゃんとひとりっきりで立ってるの。それでわたし、思ったんだ。ああ、速水くんって強い人なんだな、って……それで、気がついたらわたし、速水くんのことばっかり見てた」

 照れながらも嬉しそうな友香を、サエはどこか冷めた気持ちで見つめていた。

(友香、そんなことないよ)サエは無二の親友に対してそう思った。(あんたが好きな速水勇三はそんな強いやつじゃない。事故で母親を亡くしたあいつは、わたしの家のお隣に転がり込んできたんだ。お兄ちゃんが死んで少ししか経ってなくて、毎日悲しんでたおじさんやおばさんがせっかく面倒見てくれてるのに、その優しさに背を向けるようなやつなんだ……友香、あいつはずるいやつなんだよ)

 だがサエは、その思いを口にはしなかった。
 友香の気持ちを踏みにじるようなことをしたくないというのもあったが、高校生として分別もつくようになったサエは、勇三に対する自分の気持ちが逆恨みのようなものだということを理解していたからだ。

 それでも、このわがかまりがそう簡単に晴れるものではないとも理解していた。
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