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「代謝や習性の問題もありますが、十時間後……ううん、半日後かしら。二十キロ圏内のこの住宅街――」と、地図上を示しかけた黒川ははたと指を止めて、さらにその先の地図を表示させた。「いえ、違う。ここです。わたしがストローヘッドなら、ここを襲います」

 高岡は指された箇所から顔を上げ、黒川に疑問をたたえた視線を投げかけた。

「たしかに住宅街にも人は沢山いますが、その配置はまばらです。ストローヘッドがどういう方法で獲物の居所を嗅ぎ取るのかはわかりませんが、狩りの方法を考えると、頭数そのものよりも密集しているかどうかを優先するはず…この牛舎と同じで、そのほうが効率的だからです。一度のガスで沢山の餌を確保できますから」
「上出来だ、黒川局員」高岡は重々しく、だが満足げに頷いた。「一局にかけあって、四局の情報処理部隊と……念のため二局の即応部隊をまわしてもらおう。おれたちも引き続きやつを追うぞ」
「了解です」
「あとは外注で人員を手配するか。こういう仕事にうってつけのやつを」
「<グレイヴァー>を雇うんですか?」
 高岡は頷くと、「おれたちみたいな黒服が昼間の住宅街をうろつくのはいやでも目立つだろう。ちょっとしたつてがあるんだ。準備が整うまではせいぜい裏方に徹しよう」

 出口を目指しかけた高岡の姿を、黒川がまじまじと見つめてくる。

「どうした?」
「いえ、なんだかすごいなと思いまして。高岡さん、まるで刑事か探偵みたいですから」
 高岡は苦笑しながら首を振って、「あいにくと、殺しの現場に立ち会ったのはは片手で数えるぐらいしか無かったがな。それに大概は蚊帳の外、表で交通整理ばっかりしてたよ」
「それじゃあ、ひょっとして警察官ではあったんですか?」

 お互い古巣が縄張りの違う省庁だったことに対する条件反射のようなものだろう、黒川がわずかにたじろいだように見えた。

「ただの地域課。交番勤務だよ」

 おどけて肩をすくめてみせたが、黒川の視線はそんな高岡の手元に注がれていた。
 たちまち彼女の中でなりをひそめていた青ざめた表情があらわれ、不自然なしゃっくりが何度か繰り返された。

 慌てた高岡は、手元の端末の画面をあらためた。そこには補足情報として、ストローヘッドとの闘いに敗れて頭の中身を吸われた人間の犠牲者の姿が映し出されていた。

 外圧によってへこんだ頭蓋。その下で浮かんだ苦悶の表情。そして傍らに転がるいびつな目玉。

 手遅れだった。
 高岡が頭を抱えるのとほとんど同時に、それまでなんとか持ちこたえていた黒川は牛の死骸の横に嘔吐した。
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