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文字数 1,705文字

「三十分……」輝彦は映像を止めながら言った。「おれたちがここに来るまでの時間を入れると、トリガーさんがいなくなってから二時間弱ってところか」

 霧子がスツールから飛び降りる。店を出ようとする彼女を、勇三は腕をつかんで止めた。

「離せ! まだそう遠くまでは行ってないかもしれない!」
「闇雲に探したって見つかるわけないだろ!」

 引き止められた霧子が、助けを求めるように輝彦を見る。しかし当の本人はまたぞろ端末を操作しており、このやりとりに見向きもしなかった。

「こんなときになにやってるんだ?」霧子が苛立たし気に言う。
「こんなときだからですよ。勇三の言うことが正しい。あてもないのに探しに出たって仕方ありませんからね」

 霧子がじっと俯く。つかんでいた腕を離しても彼女が出口に向かうことはない。
 輝彦の言葉には大人しく従うことに、勇三はなぜか少しだけ、面白くない気持ちになった。

「いまこのあたりの地域に絞って、SNSの情報を中心にトリガーさんの目撃例がないかを探ってます。いまどき野良犬なんて珍しい存在ですし、多少は投稿なんかも期待できると思いますが」
「情報が入ってくるのを待つだけか?」
 勇三の質問に輝彦は首を横に振ると、「首輪の裏にこんなものが書かれてた」

 受け取った首輪の裏を見てみると、なるほど確かに数字とアルファベットが記載されていた。だが、ひと目見てもその羅列がおおよそ意味を成しているようには思えない。

「なんだよ、これ?」
「暗号だ。<アウターガイア>で出まわってるアルゴリズムと基礎が似ていてな。情報収集と平行して解析ソフトにかけてみたらすぐに結果が出たよ。先頭の『X―000964Q』って部分がなんなのかはわからないけど、アカウント情報が抽出できた。権限はビジターだけど、調べてみたらまだ生きてるみたいだ」

 この説明に対して、勇三と霧子は揃って首を傾げることで返事をした。

 輝彦は短く笑うと、「つまり、この首輪と関係がありそうな人と連絡できるってこと」
「すぐ繋いでくれ」聞くが早いか、霧子は言った。

 輝彦が端末に別のウィンドウを出す。
 訊けば<グレイヴァー>が使用できる連絡用のアプリケーションで、チャット以外にも音声通信も可能だそうだ。

「こんなの初めて知ったぞ」勇三は言った。
「うちはロートルだからな」と、霧子。「少なくともわたしは」

 ウィンドウには簡素な眼鏡のイラストがあしらわれたアイコンと、『ドクターQ研究所』というアカウント名が記載されていた。
 スピーカーから呼び出し音が流れるなか、三人はカウンターに置いた端末を囲むようにして相手が出るのをじっと待った。とはいえ、待たされた時間はそこまで長くはなかった。十秒と経たずに相手と繋がったからだ。

「はい、こちらセブロ、じゃなくて……なんだ、このアカウント? ああ、ドクターQ研究室。なんでこんなもの……ああ、ちょっとアール! 待ってよ!」

 着信を受けた男は言いながら受話口から離れてしまった。スピーカーからは室内を歩き回る音と、不明瞭ながらなにかを言い合う声が聞こえてくる。
 三人が手をこまねいていると、ややあってさきほどの男がふたたび苛立たしげな声で応対してきた。

「誰だ? なんでこのアカ知ってる?」
「トリガーの首輪が壊れた。助けてくれ!」勇三と輝彦が口を開くより先に、霧子が電話に食らいついた。
「落ち着けって!」勇三が思わず横からたしなめる。
「トリガー? 首輪だって? お次はボンテージとかギャグボールが欲しいって言い出すんじゃないだろうな?」男がため息をつく。言葉の合間から荒い鼻息が聞こえてきたので、相手がかなりの太り肉だと想像できる。「そういうのは専門店にあたってくれ」
「違う! 犬の首輪だ! <特務管轄課>は知らないか? <アウターガイア>は――」
 勇三は素早い動きで霧子の口を塞ぐと、「よせ! 向こうがこっちの事情を知らなかったらどうすんだ!」

 電話に拾われないよう、耳元で諭すと、霧子はようやく大人しくなった。トリガーの失踪は、かくも彼女に動揺を与えるものなのか。

 そんなふたりをよそに、輝彦は端末を自分のもとに引き寄せて口を開いた。
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