文字数 1,067文字

   Ⅱ


「なあ、おまえ速水だよな?」

 そう声をかけてきたのは、勇三と同じ中学の男子生徒だった。
 年の瀬の慌ただしさが、受験生をいたずらに焦らせるある冬の日、彼は第一志望の高校に受験の願書を提出に来ていた。

「おれだよ、福島啓二。旭日中で同じ学年だろ」勇三が無言のままでいると、男子生徒は苦笑まじりそう続けた。
「知らね」
 立ち去ろうとする勇三に啓二はなおも追いすがると、「なあ、速水ってよくバイク乗ってるよな。カッコいいよな、あれ。高かったんじゃないか? 免許って取るの大変だった?」

 勇三は足を止めると、振り返って質問攻めにしてくる啓二を睨みつけた。

「こ、怖い顔すんなよ」迫力に押されて啓二が数歩下がる。
「うるせえやつだな。どっかいけよ」
「いいじゃんかよ。これから学校に戻るんだろ? だったら一緒に帰ろうぜ。知り合いいなかったから心細かったんだよ」
「ひとりで帰れ」
「そう言うなよ。不安なんだよ、おれの学力でここ受かれるかどうかがさ。あ、そうだ。今度さ、バイク乗せてくんない?」
「おい」
「なに?」
「おれはおまえなんか知らないし、これから関わり合いになるつもりもない」

 勇三はそう言うと、その場からさっさと立ち去ってしまった。それ以上、啓二が追ってくることはなかった。

 年が明け、受験当日は晴天だった。
 しかし電車が信号トラブルによって始発から止まっていることをニュースで知り、勇三は自宅で二の足を踏んでいた。この日は運悪く、叔父が販売会議のため早めに出社しており、家には勇三と、運転免許を持たない叔母しかいない。自転車で行けない距離ではなかったが、あいにく家には一台も無かった。

 けっきょく勇三は渋る叔母をなだめすかすように、バイクで志望校に向かうことにした。もちろん、受験生風情が校内にバイクで乗り入れるなどできそうにないので、付近のコインパーキングなりに停めるつもりではあったが。

 周辺の土地勘がなく、高校自体にもまだ数えるほどしか足を運んでいなかったので、勇三は確実に目的地につけるよう、ひとまず本来使う予定だった最寄り駅を経由して、線路沿いにバイクを走らせることにした。

 あのとき別のルートを選んでいたら、勇三の未来はもう少し違うものになっていたのかもしれない。だが偶然は、駅前で立ち往生している啓二の存在を勇三に気づかせた。
 運行の止まった電車に代わって振り替えバスが出ていたものの、朝の通勤ラッシュと重なったロータリーは人でごったがえしていた。そうしたなか、多くの人々の中から啓二と目が合ったことは、とんでもない確率に思えた。
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