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文字数 815文字

 誰も言葉を発するものはいないなか、聞こえてくるのは勇三の深い息遣いと、店内を流れるボサノバの音色だけだった。

「勇三。おまえ、勘違いしてるよ」そうしたなかで口を開いたのは輝彦だった。「<グレイヴァー>を続けているかぎり、おまえの知らないところでもおれは戦ってるんだ。これまで何度も仕事をこなしてきたし、危険な目にも遭ってきた。それならいっそ、むしろお互いの目が届くところにいたほうがいい、霧子さんはそのことを言ってるんだ」
「それは、そうだけど……」
「聞いたよ、違約金のこと。それにおまえの事情のことも。要するにこの世界に巻き込まれたんだろ? なら、おれにも手伝わせてくれないか? どうせ戦い続けるなら、おれはおまえと一緒に戦いたい」

 輝彦はそう言って、右手を差し出した。

「心配するなよ。おれだってそれなりの修羅場はくぐってきたつもりなんだ」

 その言葉とともにさらに近づいてくる手を、勇三はしばらく見つめてから握った。輝彦が力をこめた手を上下に振る。
 勇三は心に残ったわだかまりをひとまず脇に追いやると、目の前の友人を真っ直ぐ見た。

「なあ輝彦、だったらおまえも違約金を集めて、こんなことやめにしないか?」手を握ったまま、勇三はそう切り出した。
 だがこの提案に輝彦はゆっくり、だがきっぱりと首を横に振ると、「それはできない。おれには<グレイヴァー>を続けなきゃいけない理由があるんだ」
「理由って……」
「言えない」

 輝彦のこの言葉も、勇三にとっては予想通りのものだった。
 返事とともに浮かんだ笑みは、輝彦が普段から見せてくるものとまったく同じだった。勇三は、いまはその表情を目にできたのを満足することにした。

「この野郎……」

 悪態をつく勇三の口の端は持ち上がっていた。握りしめた手に力をこめてやったが、輝彦が痛がる様子はない。

「さて、そろそろいいか?」割って入ってきたのはトリガーだった。「話がまとまったなら、早速仕事の時間といこうか」
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