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文字数 976文字

 日が暮れ始め、あたりはあらゆるものが赤色に染まりつつあった。勇三は夕日が乱反射してきらめく川を右手に、土手の上を歩いていた。下校時間から少しずれているせいか、通学路にも関わらず川沿いのこの道には自分以外誰もいなかった。
 まだ春先だった頃、輝彦とふたりでここを帰ったことがあった。

〝普通に大学出て、普通に就職するかな〟

 高校を卒業したらどうするのか。そんな勇三の質問に、輝彦はそう答えた。
 だが先ほど屋上で得た答えを額面通りに受け取れば、あのとき輝彦はすでに<グレイヴァー>だったということになる。
 つまり、ここで交わした会話の内容もみんな嘘だったということだ。

 輝彦はこれまでそうして、自分だけではなく啓二や広基まで騙していたというのか……と、そこで勇三は思わず苦笑をもらした。騙した、というのなら、自分だって輝彦と同じように家族や友人を欺いているではないか。
 そして騙した相手には、輝彦も含まれていた。雨が降ったあの日、彼も勇三を見て驚いた表情をしていた。

 そう思い至り、立ち止まった勇三は土手の斜面に腰をおろした。鞄を放り出し、仰向けに横たわる。
 頭上ではちぎれた茜雲が空を滑り、耳元では草がかさかさと鳴っていた。

 輝彦に感じていた失望が完全に消えることはなかったが、それ以上に自責の念が強まっていた。輝彦の行為を裏切りと感じるのであれば、自分はそれと同じことをしていたからだ。そんなことはわかりきっていたはずなのに、気持ちの整理もつけられないまま相手に当たり散らしてしまった。

 胸ポケットにしまっていた個人端末が振動する。何度も、何度も。誰からの連絡なのかは考えるまでもなかったが、立ち上がる気力すら失せていた勇三は着信をとろうとも思わなかった。それでも端末は、彼を急かすように震え続ける。

 とうとう根負けした勇三は端末を取り出し、通話ボタンを押した。

「遅い」霧子の憮然とした声が響く。
「なんだよ?」
「仕事だ。少し厄介な相手だが、報酬ははずむぞ」

 その言葉に、勇三は身を起こした。レギオンに対する恐れや不安はなかった。
 いま彼が感じているのは自己嫌悪であり、それに伴う鬱憤を吐き出せる場を得られたということに対する高揚だった。他のことはどうでもよかった。

 勇三は立ち上がると、霧子に言った。

「店に行けばいいんだな? 待っててくれ、すぐに向かう」
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