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文字数 1,252文字

 叔父と叔母に挨拶をして二階にあがると、廊下には部屋が三つ並んでいた。手前が叔父と叔母の寝室で、奥の突き当りが勇三の部屋だった。
 電気のついていない廊下を進んでいった勇三は真ん中の部屋の前で立ち止まり、閉ざされたドアを見た。
 よほどのことがなければ、誰も入ることのない一室……そこは叔父と叔母の息子、秀一の部屋だった。

 秀一は五歳か六歳の頃、近所の国道を走っていたトラックにはねられて死んだ。
 生きていれば今頃は大学に進学して成人もしていただろう。勇三も幼い頃はたびたび母に手を引かれてこの家を訪れては、秀一に遊んでもらっていたという。物心がつく前のことだったので勇三自身そのことを覚えてはいなかったが、この話を思い出すたび、秀一がもしもいまも生きていたらと考えずにはいられなかった。

 もしも秀一が生きていたら……自分にとっては頼れる兄のような存在になっていたのかもしれない。ちょうど姉妹同士だった勇三の母と叔母のように。

 しかし勇三は叔母と叔父から話題を振られないかぎり、自分から秀一の話を切り出すことはなかった。彼らにとって秀一はかけがえのない思い出の主人公であると同時に、たやすく口にするべきではない存在でもあったからだ。

 秀一はふたりに幸福や愛おしさだけでなく、死後に悲しみや後悔をもたらした。

 部屋のドアを閉ざすと、階下のリビングから完全に孤立してしまったように思えた。それは心細さと同時に安心感をもたらした。
 たしかに叔父と叔母は勇三にとって大切な人たちだ。ふたりは無償の愛を注いでくれるし、本当の両親のように接してもくれる。
 それでも勇三はときどき、その愛情がみせかけのものではないかという一抹の不安を感じずにはいられなかった。秀一への喪失感を埋めるため、ふたりは勇三に親切に接するのだと。

 佇んだ暗い部屋の窓の外から、隣家の明かりが差し込んでくる。勇三のクラスメイトで幼馴染のサエの部屋からの光だった。
 こんな時間まで勉強しているのだろうか。ぶっきらぼうな口調と茶髪も相まってすれた印象のある彼女だが、その見た目に反して成績はいつも上位を維持している。
 今日もこれから机に向かうのだろう。向かい合う二軒の部屋同士はお互いにノックができそうなほど近かったものの、勇三もサエも手を伸ばすどころか窓を開け放つことすらしなかった。

 勇三から話しかけることはまずなかったし、サエのほうも声をかけてくるのは叔父や叔母、それから秀一のことを話題にしたときだけだった。
 つまりサエは勇三に用があるのではなく、彼の周囲にいる人物を気にかけているだけなのだ。
 それは勇三の親戚だけではなく、クラスメイトの河合友香についても同じことが言えた。

 ちょっとは気にかけてやってよ。と諭すように、サエはなにかにつけては友香のことについてあれこれと注文をつけてきた。

 たしかに、友香が時折こちらを窺うような視線を送ってくるのは知っている。
 だからといって彼女に対して自分になにができるのか、勇三は皆目見当がつかなかった。
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